カタクリ咲く早春の山

2011.May.3

立夏を控え、平地はすでに夏へ向かいつつある今日この頃。春は足早に里から山へと駆け登り、ようやくブナ林にも到達したようである。ベランダから見えている山肌も少し明るくなっているようで、多くの登山者が楽しみにしている、ツツジの名所も気になるところ。ネット上で日々画像が配信されてはいるものの、季節の推移を眼と肌で確かめるべく、ちょっと様子を見にいくことにした。


9時、電車とバスを乗り継いで山麓に到着。相変わらずの薄雲りで、気温も低い。登山が目的ではないので、ここは迷わずロープウェイを選択する。

窓から見える景色には、まだヤマザクラの美しい姿がある。能勢妙見山で見納めかと思ってただけに、ちょっと驚き。

5分ほどで山上駅に到着。気温は12℃ (9:19)。うっかり薄着で来てしまったため、肌寒い。

ロープウェイで同乗していた、腕章をつけたメンバー。どうやら地元の保護団体のようである。網を片手に、春の女神について一般の人に説明していた。聞くところによると、この山では積極的な保全活動が行われているそうだ。

駅のすぐそばからブナ林が始まる。葉はすでに展開しているが十分な大きさまで生長しているわけではなく、その隙間からは明るい光が林床に差し込んでいる。

山頂に向かう道も、まだ早春の様相を呈している。甲虫屋の習性として側溝についつい目がいってしまうが、まだ出歩くには寒いらしく、何もいなかった。

しばらく歩いて、山頂間近の草原に出る。秋から冬にかけて刈り取りが行われたらしく、遠目には芽吹き前の冬枯れの景色にしか見えない。


カタクリ

冬枯れの景色の中で、薄紫色の花がひときわ目立つ。早春に姿を現す、春の女神。咲いているところを見るのは、これが初めてとなる。

山頂付近に広がる草原に、点々と咲いている。今のうちに開花して実を結び、光合成で栄養をしっかり蓄えて、まわりの草が芽吹く頃には、ひっそりと姿を消していくことだろう。

一応、山頂を見ておく。まだ時期が早いため、人影はまばら。

霧にかすむ金剛山を見ながら、目的の場所へと歩いていく。

日々情報を発信している山荘の脇には、ヤマザクラが満開。まだ春は始まったばかりのようだ。

今日の目的地は、ここ。一目百万本と呼ばれる、ツツジの名所。見頃は5月中旬ということだが、気温によってだいぶずれる。

今日は、まだこの通り。

「つぼみ固し」という情報の通りであった。開花まではしばらく時間がありそうなので、ひと安心。

時間を見ると、まだ10時。このまま下山するのも何だかもったいないので、芽吹きが始まった林を歩いてみることに。

遠くにものすごく良い雰囲気の林を見つけて近寄ってみたが、あいにく立ち入り禁止。植物や蝶を保護する目的で、しっかり柵が張り巡らされている。内部を覗くと、ただ放置するだけではなく植生管理をしているようで、ひと昔前の「名ばかりの保護」とは明らかに違う。

今年は虫屋になって10年目のシーズンを迎えるが、このわずかな間にも時代が変わりつつあることを感じながら、その林を後にして別の場所を探すことにした。

しばらくフラフラした後、獣道をたどってめぼしい林へと入っていく。

たどりついた先は、明るい谷筋。芽吹きの浅い林には、薄雲でさらにやわらかくなった春の日差しが降り注ぐ。先ほどの場所のように立ち入り禁止の柵こそないものの、侵入するササを刈った後や、灌木を取り除いた跡などが見て取れる。


スミレの仲間

カタクリよりも青みが強い色で、林床に点々と咲いている。

そして、カタクリは群落となって、谷筋を「帯」や「面」で埋め尽くす。

花色は淡いものが多く、光が透けて見える。写真ではまだうまく切り取れない、幻想的な光景。


ミヤコアオイ

明るい林床に生える、ウマノスズクサ科の多年草。カタクリと違って一年中緑の葉を見ることができる。これも、林床で点々と見られ、小規模な群落になっているところもあった。

これなら春の女神が飛ぶ姿を見られるかもと淡い期待を抱くが、何しろ気温が低くて日差しも弱い。小さな双翅目くらいは飛んでいるのだが、撮影するにはもう少し大きさが欲しいところ。


プライヤシリアゲ

弱々しく飛んでいたのはこの虫だけ。斑紋変異がある種類なので、しっかりとカメラに収める。

このまま待っても天気は回復しそうにないので、下山することにする。

林から抜け出してツツジ園まで戻ると、人影が一気に増えている。ちょうどお昼前ということで、弁当を広げている人も多かった。

帰り道、ちょっと気になる立ち枯れがあったので斜面を登る。アカマツの立ち枯れで、樹皮が分厚く、越冬するには良い雰囲気。そっと樹皮を剥がしていく。

黒い影が視界に入る。この後、逃げそうになったのですかさず手を伸ばす。


アキタクロナガオサムシ

うっすらと青い、美麗オサムシ。あまり縁がない種類なので嬉しい。これが本日唯一の採集となる。

下山は徒歩で。昨年と同じく、北尾根コースを歩くことにする。

まわりは、まだ浅い芽吹き。

イヌブナの葉もようやく開いたところ。

道沿いの斜面には、カタクリが咲く。

群落になっているところも多かった。そのような場所は、立ち入り禁止の柵が張り巡らされている。そして、下草刈りや枯木の整理も行われるなど、積極的な保全活動がなされていた。

標高を下げるにつれて、視界に写る緑が多くなる。山肌を駆け登る緑に、だんだん包み込まれていく。

しばらく歩いて、尾根にある分岐点に着く。昨年の記憶からすると、しばらく平坦な道が続いた後、急な下り坂が待ちうけている。

急坂を一気に駆け下りて、下界に戻る。ここからロープウェイの駅までは5分もかからない。山頂に比べて虫影が圧倒的に多いので、少しだけ撮影。


イタドリハムシ

イタドリの葉で見かける、おなじみの姿。不用意に近付くと向きを変えたりして撮影しにくい。


オジロアシナガゾウムシ

パンダ模様の可愛らしいゾウムシ。クズにしがみつく印象が強いが、全く別の植物にとまっていた。


スジグロシロチョウ

やや薄暗い環境を好むが、薄雲りで日向にも出てきたか。

登山口付近では、ツツジはちょうど花盛り。3週間後、相方と来る時には山頂もこんな風に赤く染まっていてほしい。


1年ぶりにこの山を訪れて、春の女神をとりまく状況の変化を強く感じた。以下、長文になるが、その想いを綴ることにする。

ある生き物の減少・絶滅には、いろいろな要因が重なっている。その中で、生息環境の悪化・消失はかなり大きな打撃となる。虫屋による採集という行為も、状況によっては大きな圧力になることが明らかになっているが、豊かな生息環境さえ残っていれば、生き残った個体が繁殖して個体群が回復する可能性がかなり高いのだ。逆に、食べるものや越冬場所がなくなれば、絶えるしかないのは子供でも理解できる。

かつて、生活構造の変化や土地開発により生息地が次々と失われていった時代、それまであふれるほどいたはずの昆虫が、次々と姿を消していった。世間の矛先は、あろうことか「マニアによる乱獲」として虫屋に向かう。

「採集→減少→希少価値→乱獲→絶滅」

現実はどうであったかは別として、この図式は単純明快で受け入れやすい。新聞をはじめとしたマスコミによって、一気に広められてしまった。

標的にされた虫屋からの反論のひとつに、次のようなものがあった。

「採集だけ禁止しておいて、生息環境を守る活動を何もしないのは意味がない。」

しかし、世間の多くは「保護 = 乱獲防止 = 採集禁止」という考えしか思い浮かばなかった。乱獲から守るために法律で禁止するのは明快な考え方であり、行政側も法律や条例制定だけで負担が軽いことから、次々と実行に移していった。

今となっては世間でも当たり前のことと受け止められつつある虫屋の主張も、戦後復興、高度経済成長、バブル経済といった時代には、先進的過ぎたのかもしれない。

ごく近年になって各地で行われるようになった、環境の維持・回復作業を含む積極的な保全活動。これまで虫屋が投げかけてきたことへの答えが、何十年も経ってようやく返ってきたということだろう。生物多様性という言葉が世間でもある程度は認知されるようになった今、ようやく、時代が追いついてきたのだ。

それに対して、虫屋は今度はどう返すのか。一人ひとりの行動が、これからは問われていく。


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