奥多摩:梅雨の晴れ間

2012.Jun.28-30


2日目

4時30分、起床。すでに空は明るくなっている。滞在時間は残りあと半日、できるだけのことをやっておかねば。身支度を整え、以前から目星をつけていた場所へ。

とある場所に生える、クワの古木。人出が加えられなくなって久しく、思い思いに枝葉を茂らせている。奥多摩でクワといえばイッシキキモンカミキリだが、まだ時期は早い。この地域で1例だけ記録がある、某大物カミキリムシがここでの狙い。

枝葉を丹念に舐めるように見ていくが、思い描いた姿は見つからない。

発生する条件は整っているように見えるのだが、何か違うようにも見える。

「人為が及んだ場所で採るのではなく、本来の生態を見抜いて採るのだ」

奥多摩の神様の言葉がかすかに聞こえたような気がした・・・。

さあ、日がだんだん高くなってきた。

そろそろ本格的な探索を始めることにしよう。

まず、昨夜灯火採集をしなかった代わりに、居残った鱗翅目を狙って外灯に長竿を伸ばす。誘蛾力の高い外灯は決まっていて、ひと掬いで桜吹雪のように飛び交うこともある。


キクビゴマケンモン

地衣類を連想させる渋い蛾。


リンゴモンハマキ

ハマキガとしては大型の部類に入る。


ツマジロシャチホコ

これが一番かっこよかった。

やがて、いつもの谷に到着。青葉も色濃く、すっかり夏の様子になっている。

どこに行こうか考えた末に、やはりいつもの場所へ行ってみることにした。

相変わらず薄い踏み跡が残る斜面を登っていく。


モミの立ち枯れ

時期さえ合えばアオタマムシに簡単に出会えるはずだが、まだ1ヶ月早い。


モミ衰弱木

時期さえ合えば、あのカミキリムシが羽化脱出してくる場面に出くわすかもしれない。

登山開始から40分で尾根筋に到着。ずいぶん足腰が衰えたものだ。ここからいつもの場所へ、なだらかな尾根歩き。

しばらく進むと、いつもチェックしていたミズナラ大木が倒れているのに遭遇。

樹洞がだいぶ大きくなって強度が落ちており、今年に入ってから倒れたようだ。

これまでミズナラが占有していた空間がぽっかりと空いている。

この樹洞の内部には、あのカミキリムシがいたのかもしれない。大木と樹洞は原生林の中に点在しているはずなので、今年からはまた別のポイントを探しておくことになるだろう。

さらに進んで、いつもの場所へ。このあたりの平らな場所にはすでに把握しているポイントも多い。記憶を頼りに、過去に見つけた場所を巡る。


樹洞

内部にはオオチャイロハナムグリや特殊なカミキリムシがいる可能性がある。LEDライトで照らしてみるが、残念ながらその気配は見つからない。すぐに見切りをつけて、次の物件へ。


イヌブナ立ち枯れ

昨年夏に眼をつけておいたもの。ネキや各種甲虫が集まっていることを期待して、幹の周りを一周する。


アカアシクワガタ♂

根元付近の穴から顔を出していた。もしかして、羽化脱出しようとしていたのだろうか。

これ以外にめぼしい甲虫は発見できず、次の物件へ。


ハリギリ大木

ちょうど隣の木が倒れて風通しが良くなっている。まだ灯火でしか採集したことがないナカネアメイロカミキリを狙って幹を眺めるが、少数のアリ以外は何も見つからなかった。

ジュウニキボシカミキリ狙いでスウィーピングしようにも、枝が高すぎて長竿がまったく届かず。<諦めて、次の物件へ。


ブナ立ち枯れ(樹洞つき)

数年前から発見していたが、とうとう枯れてしまった。これもネキが来ていないかどうか、幹をぐるっと見て回る。


シロトラカミキリ♀

材部が露出した部分に産卵中だった。見つかったカミキリムシはこれだけ。

一周して樹洞の前に戻り、内部をライトで照らす。かつてはオオキノコムシやオオクロナガコメツキがいたこともあったが、今は少数のカマドウマと、微小なコメツキモドキがいるだけ。

立ち去ろうとした時、樹洞の前に1匹のハナアブが飛んできて静止。一目で未採集種とわかったので、慎重に網を振り抜く。


キガオハラナガハナアブ♂

夏の日差しで渋い輝きを放つ、大型のハナアブ。これが採れてひとまず満足。

そうこうしているうちに、だいぶ時間が経ってしまった。他にポイントを開拓しておきたいところだが、もう余裕はない。残念だが、次回はポイントを見つける感覚をさらに磨いて来るようにしよう。

来た道を引き返す途中、タンナサワフタギがまとまっているエリアへ寄り道。

この特徴的な樹皮で、冬場でも簡単に見分けがつく。ちょうどこの木が立ち枯れだったので、根元の方へと視線を移す。


トガリバホソコバネカミキリ

今年も健在でなにより。ソリダ、アルマン、トガリバと3種のネキが生息するこの森には、さらにあと2種いるはず。いつかきっと、この眼で見つけてみたいものだ。奥多摩の夢のひとつを想いながら、来た道を引き返す。

尾根筋のゆるやかな下り道を歩いていく。片側はミズナラ林、片側はヒノキ林、対照的だが共通しているのは乾燥化。登りで見たように倒木が毎年発生する一方、若木が育っていないのがその原因。

中径木でも倒れているのをよく見るのは、乾燥も多少影響しているのだろうか。

そう思った瞬間、何やら気配を感じたので脚を止める。よく見ると、キノコが良い具合にまわっているではないか。これは、もしかしたら・・・・・。

予感は当たり、長い触角が見えた。


イワワキセダカコブヤハズカミキリ♂

奥多摩での夏の生態写真、ようやく撮影。西日本の初夏のコブ探しで修行を積んだ甲斐があった。

これから生息はますます厳しくなるだろうが、良い環境を見つけて生き延びていってほしい。そう願いつつ、なんとなく生息に適していそうな斜面を下っていった。

舗装道路に戻った後、以前から眼をつけていたポイントを思い出してちょっと寄り道。

川のすぐ近くまで斜面を下る。

そこにあるのは、カエデの樹洞。人が中に入れるほど巨大なものである。特殊なカミキリムシ、意外とこんなところにいるのではないか。

期待を胸に樹洞に潜りこんでライトで照らしてみるが、無数のカマドウマがいただけであった。樹洞採集はなかなか難しい・・・。再挑戦を胸に、斜面を登って舗装道路へと戻る。

12時40分、集落を記念撮影して帰途につく。まだ通行止めは解除されているはずもなく、ここから駅まで歩いて戻らなければならない。

帰り道、あるカミキリムシを狙って特定の木に眼を留める。それは、奥多摩ではそれほど多くないアカメガシワ。

アカメガシワといえば、トラフホソバネカミキリ。道路脇に生えていると、伐採されて部分枯れができていることが多い。木陰にそれがあれば、産卵に来ているかもしれない。期待しながら、そっと覗きこむ。


ウシカメムシ

特徴的な形態で有名なカメムシ。これも南方系で、奥多摩で見るのは初めてかもしれない。

残念ながら、トンネルをくぐる前までのアカメガシワにトラフホソバネの姿はなかった。

後輩はずいぶん前にヤマグワで採集しているので、最後にわずかな期待を込めて長竿を伸ばしてみる。


ニイジマチビカミキリ

平地でお馴染みの本種も、実は奥多摩自己初採集。このような種類に今まで出会えていなかったので、これはこれで嬉しいものだ。

トンネルを抜けたあとは、灼熱のアスファルトの上を無心で歩いていく。

迂回路を過ぎれば、奥多摩駅はもうすぐそこ。長かった今回の探索も、ようやく終わりを迎える。

迂回路の先にある集落を抜ける時、2種類の蝶に出会う。


ホシミスジ

こんなところにもいるとはちょっと意外に思えたが、石灰岩が露出した山肌は点在しているのでイワシモツケがあっても不思議ではないかも。

そして、次の蝶にはもっと驚いた。


アカボシゴマダラ春型

この時期に出現ということは、奥多摩でも世代を繰り返すようになったのか。

少しずつ、だが確実に変わっていくこの地域の様子。まだ見ぬカミキリムシを追い求めるとともに、これから先どうなるのか、しっかりと見届けていきたい。

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