2012.Mar.18
小さな体で様々な環境に適応して繁栄を極めている昆虫類の中に、家屋内で人間とともに生活するものが少ないながらも存在する。あるものは人間から吸血し、あるものは食糧や書物などを食い荒らすなど、一般に家屋害虫と呼ばれて古くから人間と利害が衝突してきたものも多い。
・
一方で、人間生活に特に影響を及ぼすことなく静かに暮らしてきたものも少なくない。家屋性甲虫類の最大種も、そんな慎ましい昆虫のひとつである。
ヤマトオサムシダマシ Blaps japonensis
日本のゴミムシダマシ科では類を見ない独特の形は、大陸の乾燥地域に適応した姿。古くからの貿易港の周辺に記録が多いことから、食糧に紛れ込んできたと推定されている。昔ながらの農家の軒下や納屋でひっそりと子孫を繋いできたこの甲虫、近代化の波とともに急激に姿を消し、各地で絶滅が心配されるようになってしまった。今回、達人のご厚意により、その生息地へと案内してもらうことになった。
小雨が降る中、まずは農家のおばちゃんにご挨拶。なかなか立派な家で、ここの軒下にもいるのではないかと思えるほど。
・
・
許可をもらったところで、さっそく納屋へ。
・
閂(かんぬき)を開けて中に入る。
・
初めて見る昔ながらの納屋の光景。農工大の水田の倉庫にも似た雰囲気だ。
・
・
荷物を置いて、探索開始。まずは、このゴム製シートをめくってみる。
・
いきなり、黒い影。暗くてブレているが、この形は間違いない。
・
戻すと潰してしまいそうだったので、力を込めて一気にひっくり返す。そして、改めて確認。
・
ヤマトオサムシダマシ
思っていたよりも小さいが、その形が素晴らしい。
・
・
・
続いて、達人が隅の不織布シート2巻を移動させる。
・
黒い集団が一斉に壁際に移動し、枯葉に潜りこもうとしていた。
・
・
・
さらに、別の隅にある古いプランターを動かしてみる。
・
ここにも大きな集団がいた。
・
・
・
ある程度採集したところで、生息環境をじっくりと観察。
・
床は木屑や藁が散らばっていて、その下の土は砂質でサラサラしている。土を触ってみると、手にはつかないもののしっとりとした感触がある。おそらく下はコンクリートで覆われておらず、周囲からの水分がわずかに到達するのだろう。
・
薄暗い納屋で目が慣れてくると、多数の虫体の破片に気づく。この土の中で蛹になり、卵を産み、そして力尽きていく。大陸から遠く離れた島国で、何百世代も生きてきた証拠なのだろう。
・
・
顔を上げて、納屋の中を見渡す。秋に収穫した大豆のさやも、重要なエサになっているのだろう。
・
・
・
「あそこだけは崩せへんから、もっと採っても大丈夫」
達人からすれば、遠慮がちに採集しているように見えたのだろうか。その先には、メインの発生地とみられる稲わらの山。この中には何百、いや何千個体がいるのだろうか。
・
・
失われつつある貴重な生息空間の雰囲気を五感に染み込ませていると、先に外に出ていた達人の呼ぶ声がする。
・
外へ出て見ると、軒先の雨がかからない場所をひっくり返していた。
・
こんなところにも隠れていた。
・
・
さらに、肥料袋の下にも。
・
2匹潜んでいた。集団から離れている時は雌雄ペアで潜んでいることが多いという。
・
過密になると新天地を求めて外へ出ていく個体が結構いるのだろう。残念なことに、この近辺で本種が住めそうな納屋はもう残っていないという。この納屋と運命を共にするこの個体群が、いつまで生き残っていられるだろうか。
・
・
帰り際、納屋を管理するおばちゃんと再会。達人からは、居候を大事にしてほしいというメッセージ。大陸からの居候の繁栄を願いつつ、雨上がりの農村を後にした。
・
貴重な環境を案内してくださった達人Tさん、どうもありがとうございました。