奥多摩:早春の原生林

2013.Apr.27

4月になり、転勤で和泉国から上総国へ。

5年間の関西での生活から、再び関東に戻ることになった。

新しい職場で日常に埋没するうちに、平地では容赦なく季節が進んでいく。

このまま12年目の春をただ見送るわけにはいかないので、

部屋の片づけがようやく落ち着いてきたところで、今年最初の奥多摩探索へ。


朝4時58分の始発電車に乗り、3時間半かけで奥多摩駅へ。

和泉国の時に比べおよそ半分の時間で行けるようになっている。

8時半、奥多摩駅に到着。

 この時期は1年でもっとも人出が多く、駅前は登山客で溢れている。

 身支度を整えようとしたところで、長竿と叩き網の枠を家に忘れてきたことに気づく。

それでも、とりあえず現地に行ってみるしかない。

いつもは始発バスだったので気にしてなかったが、大型連休の人出を甘く見ていた。

臨時バスには乗れると思っていたが、あと少しのところで満席・・・。

仕方ないので、次の発車まで1時間ほど待つことに。

じっと待っていてもつまらないので、いつものトンネルへ蛾像収集へ。

いつものようにLEDライトを付けようとしたところ、なんと電池切れ。

悪いことは重なるものである。

仕方がないので、そのまま中へ進む。

時間が遅いこともあり、居残り組はほとんどいない。

残っているのはいつもの顔ぶれで、種数も少ない。

キリバネホソナミシャク

今回の新顔はこの1種のみ。

手ブレを精一杯抑えての撮影。

駅に戻ってもまだ1時間経っておらず、バス停でしばし待つ。

ようやくやってきた臨時バスに乗り、最奥の集落へと出発したのは9時半のことだった。

10時前、最奥の集落に到着。

すぐに、いつもの場所を目指して歩き出す。

集落では八重桜が見頃を迎えている。

山々は麓の方から淡い緑に包まれていき、

冬景色の山肌の向こう側には澄んだ青空が広がる。

舗装道路沿いはすでに新緑がまぶしい。

いつもの谷はすっかり緑に覆われている。

持参の温度計は20℃(10:15)

この時期としてはかなり暑い。

風も穏やかで、花掬いには良い条件が揃っているが、

こういう時に長竿を忘れてきたことがとても悔やまれる。

とりあえず、網の枠はあるので手を伸ばして掬える場所を目指す。

もっとも近いカエデのポイントを目指すが、なにやら様子がおかしい。

駐車場が拡張され、木が生えていた場所がコンクリートで覆われてしまっている。

各種ハナカミキリを採ってきた思い出のポイントだけに、残念だ。

代わりに、ナシの花が満開。

2本あるうちの大きい方が魅力的だが、残念ながら手が届かない。

もう1本の小さい方を覗きこむと、見事なまでの咲きっぷり。

ヒラタハナムグリ♂

どんな花でも1匹は見られるお馴染みの虫。

これ以外の甲虫は見つからないところを見ると、大きい方の木に引き寄せられているのか。

隣にあるカエデの花はちょうど満開を迎えているが、指をくわえてみているしかない。

手を伸ばすだけで掬える花ということで記憶をたどり、林道へ向かう。

スギタニルリシジミ

奥多摩に春の訪れを告げるチョウのひとつ。

林道脇で体を傾けて日光浴をしているところ。

しばらく歩いて、ポイントに到着。

ここのミツバウツギ、花が咲いていればもっとも掬いやすいのだが・・・。

残念ながら、蕾固し。

仕方なく、来た道を引き返す。

花が掬えないとなれば、他の採集に切り替えるしかない。

とりあえず、樹洞でも見に行くことにしよう。

斜面を下り、ひとつめの樹洞へ。

ここは人が入れるほど大きい。

デジカメの電池をLEDライトに入れ、入り口から中に入って照らす。

隅々まで見渡すが、ヒラヤマコブハナカミキリの姿はない。

夏にみられるカマドウマ類の姿すら見当たらない。

続いて、2つめの樹洞。

ここは3年前にヒラヤマコブハナカミキリが潜んでいた木。

期待を込めて内部を照らす。

しかし、何もいない。

奥に潜んでいるかもしれないので線香を焚こうとしたが、

ライターも忘れてきてしまったらしい。

ことごとく、不運は重なるものだ。

斜面を登って戻ってきた時点で、もう12時。

ああ、今年最初の奥多摩だというのに、何をしにきたんだろう。

こうなったら、せめてこの時期の原生林がどうなっているか見てこよう。

登山口から、乾いた斜面を登っていく。

しばらく本格的な採集から遠ざかっていたため、脚の筋肉がすぐに悲鳴を上げる。

学生時代は心肺能力の方が追い付かなかったのだが、

いつのまにか筋力の方が衰えて逆転してしまっている。

ここを登り切ればブナ林に到達できるので、しばしの辛抱。

どれくらい登っただろうか、登山道脇に生えている1本のモミに眼が留まる。

そして、ある1点に視線が吸い寄せられた。

多量のヤニとともに、木屑が噴出している。

これは、今まさに樹皮下に何かが穿孔しているというサイン。

モミの生木に穿孔できる昆虫は限られており、奥多摩のこの標高での候補は2種。

穿孔する部位を特定するため樹皮を指で押してみると、簡単にへこむ部分があった。

そこを慎重かつ大胆に、指で剥がしてみる。

細かい木屑と、ぽっかりと空いた坑道と、白い虫影が同時に視界に飛び込む。

木屑の細かさから判断して、1つめの候補ヒゲナガカミキリ幼虫の可能性は極めて低い。

あとは、顔をみることができれば、もうひとつの候補であることが確定する。

幼虫の体を傷つけないように、さらに樹皮を剥がしていく。

幼虫の顔が見えた。

フトカミキリ亜科の顔でないのは明らかで、ヒゲナガカミキリ幼虫の可能性はなくなった。

もうひとつの候補は、かつて木曽で出会ったことがあるので正面から顔を拝めばわかる。

これ以上、素手で樹皮を剥がすのは難しいので木の枝でつつく。

幼虫を傷つけないよう慎重に作業するが、なかなか出てこない。

ここで、ウェストポーチの中に剪定鋏が入っていることを思い出す。

生木に必要以上の傷をつけることになり多少の後ろめたさを覚えるが、

幼虫を傷つけずに確保するために万全の方法を選択する。

これで、確実に引っ張り出せるだろう。

手に取って顔を拝見。典型的なトラ顔をしている。

探し求めていた、奥多摩の夢のひとつであることは間違いないようだ。

容器内で衝撃を受けないように、ティッシュペーパーにくるんで収納。

うまく育ってくれることを願うばかり。

思わぬ出会いの後は、登山道脇に点在するモミをわざわざ見ながら登っていく。

昨年7月に見つけた渦巻模様も再発見し、見事に主が脱出したことを確認した。

延々と続く急登を経て、ようやく尾根筋に到達。

この時期にここへ来るのは今回が初めて。

芽吹きは浅く、太陽光の多くが林床へ降り注いでいる。

もっとも展葉が進んでいるのは、ブナとイヌブナ。

北向きの斜面に目を向けると、意外と緑が多い。

この季節推移であれば、もうひとつの奥多摩の夢も狙えるかもしれない。

探索の際のイメージを確認して、斜面に足を踏み入れる。

狙うは、イヌブナのひこばえ。

まずは、葉の展開具合を観察。

芽吹いて間もないもの。

だいぶ展開が進んでいるもの。

完全に展開したもの。

同じ斜面でもさまざまな状態の葉が見られ、

たとえ同じ木であっても日当たりや枝の位置によって展開具合は異なっている。

しかし、展開が終了して硬化している葉は見当たらないので、

時期としては今がちょうど良いはずだ。

狙いの幼虫は葉をつづって簡単な巣を作る習性があるらしいので、

数ある若葉の中に不自然な葉がないかどうか、斜面を徘徊しながらひたすら見ていく。

無心で探索すること、約5分。

 ひこばえの先端には、不自然に枯れた葉。

しかも、隣接する葉には食痕がある。

ひこばえをたぐり寄せ、枯葉をそっとめくってみる。

フジミドリシジミ幼虫

青く輝くブナ林の宝石も、幼虫時代は外敵に見つからないよう地味な装い。

新芽を包んでいた褐色の皮と同じ色で鳥の目を欺いている。

2009年、2010年の探索では影も形もなかったが、

ようやくこの姿を拝むことができた。

幼虫がいたイヌブナの遠景はこんな感じ。

幼虫がいたのは谷側の部分で、日光が直接当たらないようになっていた。

最初の1匹のイメージを忘れないようにして、さらに探索範囲を広げていく。

次に見つけたのは、このイヌブナ。

谷側に回り込み、ひこばえを仰ぎ見ていた時のことだった。

青空に透かしてみると、黒っぽく映る不自然な葉がとても目立つ。

隣接する若葉に食痕はないが、とりあえず葉をめくってみる。

ちょうど若葉を食べ始めたところを発見。

それにしても、うまく隠れているものだ。

さらに探索範囲を広げ、谷を目指して斜面を下っていく。

次に見つけたのは、こんなところ。

葉が綴られていて、周囲のものより濃く見える。

よく見ると食痕もあり、期待が高まる。

葉をたぐりよせて、そっと開いてみる。

本日、3匹目。

これだけ目立つ巣を作っていると、人間の目にはとてもわかりやすい。

さらに探索を続けようと思ったが、ふと足元に違和感を感じて顔を下に向ける。

足元から忍び寄るマダニ

 ・

さらに、木の幹を見ると大きな個体が静止していた。

試しに息を吹きかけると、獲物にしがみつこうと前脚を伸ばす。

すでに季節は春、探索に夢中になっているとその気配に気づけない。

媒介ウイルスで死亡する例が今年になって明らかになったこともあり、

時々意識して足元を確認することがますます重要になる。

その後、しばらく探索を続けたが追加個体は得られず。

幼虫の生育に適した木はそんなに多くないのか、それとも広く薄く産卵されているのか。

あまり多数を採集しても飼育が大変なので、このあたりで諦めて帰途につく。

急斜面を滑落しないよう気を付けて下り、舗装道路に出る。

ここまで戻ってきたら、あとは安心して帰るだけ。

気温は18℃(15:30)

この時間でこの気温ということは、この時期としてはとても暖かい一日。

こんな好条件の日に花掬いができなかったことなど、もはや大したことではない。

「奥多摩の夢」に一度に2つも出会ったという満足感とともに、帰途についた。


フジミドリシジミ幼虫のその後

5月4日 終齢幼虫

5月9日 蛹

5月20日 1♂羽化

5月23日 1♀羽化

残る1匹も5月22日に羽化し、3匹すべて飼育成功。

閉じた翅の隙間から、青い輝きがわずかにのぞく。

奥多摩では約1ヶ月後、ブナ林の宝石として飛び回る姿がみられる。


モミの樹皮下の幼虫のその後

用意したモミの枝にうまく食入したものの、途中で引き返して脱出。

保管していた押入れの中で干からびた状態で発見された。

原因は、材をビニールで覆っていたことによる過湿。

トラカミキリの王様に会うという夢は、来年以降に持ち越しとなった。

BACK

TOP

inserted by FC2 system