奥多摩:消えゆく石尾根の花

2013.Jun.26-27


2日目

朝5時、起床。身支度を整えて外に出ると、まだ朝日に赤みが残っている。

出発の前に、トラップの回収。マンガン乾電池を使用したので電池切れが心配だったが、12時間以上経ってもまだ点灯している。居残りの蛾もかなりの数がいるが、飛び古しているものが多い。目新しい種類だけ撮影して、まずはライトを回収。

続いて、水盤の回収。シャクガを中心に多数の蛾が落ちていた。この中から甲虫を拾い出していく。


ヨツボシモンシデムシ

もっとも多かった甲虫である。ヒメクロシデムシ、コブスジコガネの一種(未同定)が初採集でうれしかった。

トラップ回収が終わったところで出発(6時10分)。昨日の探索の結果を分析すると、亜高山帯に住む針葉樹食いのカミキリムシはとても狙えそうにない。また、このあたりでは花掬いは期待できそうにない。以前ノリウツギが咲き乱れるという情報を得た場所へ向かって、標高を下げることに。

日が高くなる前に距離を稼ごうと黙々と歩いていく。かつてはこのあたりも草原が広がり夏にはお花畑になっていたはずなのだが、来るたびにマルバダケブキですら減っていき、地面の面積が増えていく。

しばらく歩くと、道沿いにノリウツギを発見。

近寄ってみるが、残念ながら蕾固し。来週にはちょうど良い具合になっているだろう。

6時45分、七ッ石山に到着。だいぶ日が昇ってきて、日差しが体温を上げていく。

山頂を過ぎると道は森の中へ。鴨沢登山道との分岐を経て、尾根道を東へと進んでいく。

しばらく歩くと森は途切れ、防火帯が出現。ニホンジカが食べないマルバダケブキとワラビが勢力を拡大している。

7時20分、千本ツツジに到着。6月頃に訪れれば、各種のツツジ類が咲き誇っているらしい。

今は、避暑に来ているアカトンボ類の姿が目立つ。ただ、以前よりは個体数が減っているような気もした。


タカネヒナバッタ♂

山頂付近を歩くと、足元でやや小ぶりなバッタが跳ねる。山地の高い場所でないとみられない種類だ。


ニワハンミョウ

バッタを追っていると、もっと素早く飛ぶ虫がいた。夏の日差しの下で見るこの緑色は、とても鮮やかだ。

ニワハンミョウが活動していたのはこんなところ。ここから、日差しを遮るものがない防火帯をしばらく歩くことになる。

やがて、道が林縁に近づいてくる。黙々と歩き続けると退屈なので、ブナの大木を見つけるたびに近寄っていく。あるカミキリムシが狙いなのだが、その姿はまずない。

どのくらい歩いただろうか、斜面下に目をやるとノリウツギが見えた。遠目からは花が咲いていないように見えるが、ダメ元で近寄ってみる。

やはり、開花していない。試しに掬ってみるとニンフホソハナカミキリなどが入っていたくらい。すぐに見切りをつけて登山道へ戻る。

斜面から戻ってきて少し登ったところで、今度は散りかけのウツギを発見。

ダメ元で、長竿を伸ばしてみる。

またも、ニンフホソハナカミキリが入る。ノリウツギの楽園はまだまだ先にあるので、それまで長竿を伸ばすのは控えるべきか。

伸びきった長竿を縮める前に、すぐそばにあったハリギリを掬う。


ジュウニキボシカミキリ

狙い通りに網に入った。この模様、Saperdiniの中ではかなり好きな種類だ。欲を出してさらに掬ってみるが、食痕は多いものの追加は入らなかった。長竿をもとに戻し、尾根道を黙々と登っていく。

8時10分、高丸山に到着。ここは四方を木々に囲まれていて眺望はない。

登り切ったら、今度は下り。花のない道を、ひたすら進んでいく。

下りきったら、今度は登り。花は一切なし。

こんなことなら、巻き道を選んだほうが良かったかもしれない。そう思った時、目の前を寄生蜂のような虫がふわりと飛ぶ。方向転換しようとしていたようだが、俊敏さに欠ける動きにピンときて網を振る。


クロホソコバネカミキリ

実は、飛んでいるネキを採集したのはこれが初めて。今回はゆっくり飛んでいたから気づいたが、直線飛行している時に見分けるのはかなり難しそうだ。

しばらく進むと、雲が流れてきたようで視界が急激に悪くなる。それでも、休まず歩き続ける。

8時47分、日蔭名栗峰に到着。出発から2時間半、登り下りの長い道のりだったが、さあ、ここからがノリウツギの楽園のはず。

そう思って行く先を見るが、白い花の姿はどこにも見えない。これは、いったいどういうことなのか。数年前にとある山行記録で見た、あの光景はどこへ消えてしまったのか。

必死になって尾根道を探すと、ようやく枯木の奥にノリウツギを発見。

近寄ってみると、ちょうど良い具合に開花している。ただ、花房の数が異常に少ない。よく見ると、手前に見える枯木はこの株の一部のようだ。どうやら、樹勢が極端に衰えてしまっているようだ。

虫の飛来状況を確認するが、あまりおもわしくない。それでも、掬ってみれば何か入るかもしれない。


オオヒメハナカミキリ

網に入ったのはこの1匹のみ。だが、良い方に考えれば、もっと状態の良い株が他にあって、そこに虫が集中しているということもあるのではないか。わずかな希望をもって、周辺を探索する。

だが、その希望はすぐに打ち砕かれる。

半分枯れたノリウツギを見て樹形を再確認して、改めて尾根筋を見てみると、あちこちで枯れている低木の多くが、同じ樹形をしているではないか。おそらく、根本付近の樹皮を食われたのが原因ではないだろうか。

一方で、防火帯にはワラビがかなりの勢力で生えており、一面覆い尽くしているところも見られる。

ワラビが薄い場所には、イケマの群落。ちょうど花を咲かせているが、あまり虫は来ていない。


ジュウジナガカメムシ

こちらは葉や茎に集まり、時に集団を形成する。成虫の姿は少なく、幼虫の集団があちこちでみられた。イケマの繁栄とともに、この虫を見る機会も確実に増えてきている。

ワラビの道を進んでいくと、右前方にようやく生きたノリウツギの株を発見。

一部枯れているが、まだまだ樹勢は強そうだ。

しかし、残念ながら蕾固し。満開だったら、付近一帯の虫をすべて集めてしまうだろうに。

「咲かずとも 虫を呼び寄せ 糊空木」

開花前から白い蕾をめがけてピドニアやホソハナカミキリ類が飛来するなど、数ある花のなかでも抜群の集虫力を持つノリウツギだが、株そのものがほとんどないことには、どうにもならない。ニホンジカの進出によって防火帯からシシウドやシモツケ類が消えたように、残ったノリウツギも同じ運命をたどってしまうのだろうか。

そんなことを考えながら、防火帯を先へと進んでいく。

黙々と歩いて鷹ノ巣山が近づいてきた頃、かなり狭いが気になる立ち枯れゾーンがあったので寄り道。

樹種不明の広葉樹立ち枯れ。ネキでもいないかと思って見回すが、何もいない。樹皮がかなり浮いていたので、そのうちの1枚を何気なくめくる。

光に驚いて、青い影が必死に隠れようとしていた。


ルリヒラタムシ

豊かな原生林でないと生息できない虫のひとつ。奥多摩では3度目となるが、いつ見ても素晴らしい。

これ以外は特に何も得られなかったので先に進む。

10時20分、鷹ノ巣山避難小屋に到着。少し休憩した後、出発。

小屋を過ぎれば、鷹ノ巣山まであと少し。ちょうど花掬いには良い時間なので、なんとか花がないか探しながら歩いていく。

しばらくして、甘い香りとともに目に飛び込んできたのは、このシナノキ。

満開を少し過ぎたくらいのようだ。奥多摩のいつもの場所では7月上旬には満開になるが、ここでは遅れて咲くらしい。集虫力はそれほど強くはないが、周囲に花がない状況では威力を発揮するかもしれない。とりあえず、あまり期待しないで長竿を伸ばしてみる。


オオトラフハナムグリ

花の周囲を飛ぶハマムグリ類はすべて本種のようだ。


ヨツスジハナカミキリ

飛来するのが見えるハナカミキリのほとんどは本種。


キヌツヤハナカミキリ

久しぶりに見るとその美しさにはっとする。


マツシタヒメハナカミキリ♂

実はオスは初採集。

しばらく掬ってみたが、雲が広がってしまって虫の飛来が急激に鈍る。ある程度粘ったが状況は変わらないので、見切りをつけて先へ進む。

しばらく進むと、枯れたスズタケが密生する斜面の下に、やや林内だが満開に近いノリウツギを発見。

ちょうど日が当たる位置に花がたくさんついており、条件は良さそう。下から見上げていても、虫がそこそこ飛来しているのがわかる。だが、意外と樹高があって下から掬ったのではごく一部しか網に入らない。

どうしても、良い位置で花が掬いたい。その一心で、近くにあった細い木に登る。

今度は、上から見下ろす。一番採りたかった大型のハナアブは逃げてしまったが、カミキリムシはまだ残っている。自分が落下しないように気を付けながら、長竿を操る。


マルガタハナカミキリ


キヌツヤハナカミキリ


ヤマトヨツスジハナカミキリ
(コヨツスジハナカミキリ)


フタスジハナカミキリ


エグリトラカミキリ

何度も掬うが、網に入る顔ぶれは変わらない。本当は、オオハナ、パキタ、ヒメヨツスジなんかが入ってほしいところだが。やがて、霧が深くなってきたので見切りをつけて地上に降りる。

山頂で昼食をとり、しばし休憩。ここにもノリウツギが生えているがまだ咲きかけで、天気が悪いこともあり虫はほとんど来ていない。周囲は霧に覆われていて、眺望はまったくなし。草原でおなじみのヒョウモンチョウ類の姿もみられない。

12時50分、下山を開始。

しばらく進むと、霧で視界が非常に悪くなる。鈴を手でしっかり鳴らしながら歩いていく。

途中、良さそうなブナ立ち枯れを見つけたのでちょっと寄り道。

近寄って観察していると、上から歩いてくる姿を発見。


オオホソコバネカミキリ

発生後期とあって、だいぶ小さな個体だ。

そして、立ち枯れの奥にあった散りかけのツルアジサイ。ハナムグリ系の影が見えたので、長竿を伸ばす。


ミヤマオオハナムグリ

山地の標高が高いところでないと出会えない。

登山道に戻り、奥多摩一の急登といわれる斜面を一気に下っていく。

しばらくして植林が姿を現す。人里が近くなった証拠と思ったら大間違いで、まだ半分も来ていない。手入れもままならないのに、よくこんなところまで植えたものだ。

14時30分、稲村岩との分岐に到着。ここまでくればあと一息。

一度、谷底まで降りる。

日原川にかかる橋を渡る。

15時30分、ようやく集落に到着。

バスの時間が迫っているので、トラップ回収は次回にしよう。

雲に覆われる山頂を見ながら、帰途についた。

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