2013.Aug.2
暑さに体が慣れてきたと思ったらすでに8月、平地はすでに夏枯れの様相。過ぎゆく夏を追いかけて、虫屋は山へ山へと繰り出す頃ある。
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前回の亜高山帯での探索で受けたダメージは予想以上に深刻で、発熱に伴う筋肉痛と頭痛に悩まされながら夜勤へ。この状態では再び亜高山帯に行くことは不可能とみて、行先はいつものブナ・ミズナラの原生林に設定。なんとか夜勤を乗り切り、帰宅してすぐに昼寝。これで体力は急速に回復し、夕方には頭痛も筋肉痛も消えていた。
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この時期なら、ノリウツギも満開のはず。とりあえずいつもの株で未採集のハナカミキリ数種を狙いつつ、広葉樹の樹洞に住むヒゲブトハナカミキリ(通称パキピド)を狙うことにしよう。
22時、奥多摩駅に到着。節電のため照明が消えている光景はすっかり定着してしまった。
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荷物を置き、いつも通り蛾像収集へ。
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新月が近くて曇り空のため、昼間は雨だったわりには虫の集まりはそこそこ良い。
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ヒゲナガカミキリ♀
近くにアカマツやモミの立ち枯れがある年は多数が飛来する。
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ノコギリカミキリ♂
この時期になると毎回1匹はみられる常連だ。
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ナカスジシャチホコ
今夜の新顔のひとつ。毎回必ず1種は未撮影種に出会えるのがここのポイントの魅力だ。
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ひととおり撮影が終わったところで、眠りにつく。
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朝5時、起床。山には雲がかかっているが、青空も見えるのでだんだんと晴れていくだろう。
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始発のバスに乗って最奥の集落へ。すでに雲は消え、青空が広がる。
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水場の前にはオニユリが夏の日差しを受けて鮮やかに咲く。
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いつもの谷の様子。トチノキは大きな実がたくさんついている。
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登山道から斜面にとりつき、急速に高度を上げていく。
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少し前まで霧に覆われていた林内は蒸し暑く、噴き出した汗はいつまでも乾かない。
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午前8時、尾根筋に到着。霧に包まれ、涼しい風が吹き抜ける中、ブナ・ミズナラの巨木があるエリアを目指して歩いていく。
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途中、倒木が行く手を阻む。
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樹種はナツツバキ、比較的新しい倒木のようだ。そのまま通り過ぎようとしたが、細く小さな虫が歩いているのを見て脚が止まった。
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アカツツホソミツギリゾウムシ
このエリアでムツモンミツギリゾウムシ以外の種を見るのは初めて。上翅に幅広く黄褐色の模様があり、珍種の雰囲気を漂わせる。
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目が慣れると、倒木のあちこちにいることが見えてきた。
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アカツツホソミツギリゾウムシ
樹皮に穴をあけて潜り込もうとする個体。表面を徘徊する個体と、このように穿孔しようとする個体が半々くらい見られた。
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アカツツホソミツギリゾウムシ
交尾中とみられる個体
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一般に、小型のミツギリゾウムシ類に多数遭遇する機会は滅多にない。採れる時に採っておくという虫屋の鉄則に従い、よほどの不完全個体を除いて採集。帰りにもまた立ち寄ることにして、先へ進む。
(帰宅後、アカツツホソミツギリゾウムシと判明。全国的に稀種で、東京都では奥多摩ですでに記録あり。ナツツバキでの採集状況はすでに次の文献で報告されているとおりであった。
Toki,W. & H. Yoshitake, 2012. Additional records and preliminary data on the biology of Callipareius (Callipareius) japonicus (Nakane,1963)(Coleoptera,Brendidae). Elytra, New Series, 2(2):147-149
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先へ進んでも霧はなかなか晴れない。ノリウツギに到着する頃までに晴れてくれればいいので、涼しい林内を淡々と進んでいく。
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毎年チェックする樹液ポイント。今年はいつもよりも湧出量が多いようだ。
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チャイロスズメバチ
今年も健在でなによりだ。
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さらに霧が濃くなっていくが、上空では雲が途切れたらしく徐々に明るくなっていく。
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交差点につく頃、霧が急速に消えていった。
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このあたりから樹洞のある木が多くなっていく。
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ひとつずつ、ライトで照らしながら進んでいく。
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いろんな樹洞を覗き込んでみるが、目につくのはカマドウマ類やツマジロカラスヨトウばかり。オオチャイロハナムグリくらいいてもよさそうだが、香りが充満する樹洞にも姿はなし。パキピドはなかなか手ごわい相手のようだ。
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そうこうしているうちに、秘密のノリウツギに到着。遠目には満開のように見える。
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しかし、近寄ってみて愕然とする。なんと、花はもうほとんど散ってしまっているではないか。
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それでも、咲き残った花には少ないながらも虫が舞っている。せっかく晴れてきたので、長竿を伸ばしてみることにしよう。
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キイロトラカミキリ
常連のカンボウトラに代わり、本日もっとも多くネットインすることになるトラカミキリ。
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オオトラフハナムグリ
黒化型をはじめいろいろな斑紋の個体が出現する。
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ジュウシチホシハナムグリ
このあたりのハナムグリの中ではかなり数が少ない部類に入る。
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コウヤホソハナカミキリ
過去に1匹しか採れていなかったが、今日は何度か網に入る。
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ヨツスジハナカミキリ
もっとも個体数が多いカミキリムシ。
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満開であれば、掬っても掬っても次々と飛来するであろうカミキリムシたち。キベリカタビロハナ、オオヨツスジハナ、オオハナなど、記録はあってもまだ見ぬカミキリムシが飛来してほしいところだが、散り際のノリウツギでは大物を引き寄せるだけの力は残っていないのか・・。
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虫の飛来状況が悪いときは、掬う間隔を長くとる。待っている間は、周辺にも目を探索の目を広げる。
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フタコブルリハナカミキリ
ノリウツギの葉の上で交尾中だったのを発見。満開の時はポツポツと飛来するのだが、これは居残り組なのだろう。
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オオミドリシジミ♂
近くで縄張りを主張しながら飛んでいる姿が目に入り、何度か失敗しながらもネットイン。平地の個体よりもだいぶ小型だ。
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しばらくすると雲に覆われてしまったので、先へ進む。今日のもうひとつの目的、天気に影響されない樹洞探索へ。
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急な登山道を登りきると、平坦な尾根道に出る。ここも樹洞が多いが、立ち枯れが急速に増えているので将来が心配なエリアでもある。
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いろんな状態の樹洞があるが、パキピドが潜む条件はまだ把握できていない。ライトで照らした後、線香を仕掛けて燻し出す作戦をとるが、出てくるのはやはりカマドウマ類とツマジロカラスヨトウのみ。
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樹洞を求めて探索範囲を広げていくが、なかなか良さそうな物件は見つからず。だんだん天気も悪くなってきたので、引き返しながら斜面を歩いていく。
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ふと、ブナの大木の苔むした根元部分に黒い虫影があることに気づく。
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ミヤマクワガタ♀
灯火ではよく見るが、それ以外で目撃するのはなかなかないので新鮮な出会い。
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撮影を終えて、また戻る方向へと歩き始める。数本目のブナの大木のそばを通り過ぎようとしたとき、何かが根元に落下した。黒っぽい甲虫のような姿が見えたので、無造作に拾い上げる。せいぜい、ミヤマクワガタやアカアシクワガタだろうと気にも留めず。
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だが、大顎を見て思わず息をのんだ。
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ヒメオオクワガタ♂
東京で得難いクワガタは何種かいるのだが、現在も生息している種の中ではおそらく最難関。林道の奥深くの川沿いのヤナギで狙うイメージだったが、こんなところで出会えるとは思ってもいなかった。
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再び深い霧に包まれた登山道をゆっくりと下っていく。途中、学生虫屋さん2人組に遭遇。そういえば、このエリアで採集者に出会うのも久しぶりだ。
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ただ下るのはつまらないので、倒木や立ち枯れを軽く見ながら進んでいく。
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フジミドリシジミ卵
春の幼虫採集のイメージでイヌブナのひこばえを見たら、すぐに発見。また機会があったら採集しに来るかもしれない。
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その後も倒木や立ち枯れを見ながらゆっくりと下山していくが、あまり虫は見つからない。すると、背後から大きな音が聞こえてきた。霧で見通しが悪いので、正体はよくわからない。ただ、何か大きなものがゆっくりと時間をかけて壊れていくということは感じた。得体の知れぬ何かの仕業に恐ろしさを覚え、一目散に下山する。
(この出来事の正体は11月に再び訪れた時に判明する)
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ナツツバキの倒木でアカツツホソミツギリゾウムシを追加して、再び急斜面の登山道を下っていく。
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一気に下ると汗が出すぎるので、一休み。水分補給をした後、ふと立ち枯れに目をやると、穴から何かが飛び出している。
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こんな時間帯に出てくるとは、夜行性の種類だろうか。
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触角をつまんで引っ張り出そうとしたら、奥に引っ込んでしまった。仕方なく、ナタで穴を広げて採集する。
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コバネカミキリ
実は、奥多摩自己初採集。思っていたよりも出現時期が遅かったことが、今まで遭遇できなかった理由なのかも。
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15時40分、舗装道路に降り立つ。すでにバスは出発しており、次の便まで1時間ほど待たねばならない。バス停までは歩いても20分くらいで行けるので、羽毛トラップを回収しにいくことにする。自宅近くの駐車場に落ちていた鳥の翼を軽く発酵させて、前回仕掛けておいたのだ。羽をどけると、コブスジコガネがポロポロと転がり落ちる、そんな光景をイメージしてポイントへと向かう。
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だが、現場には無残にも蹴散らされた羽が残っているだけ。腐敗しているとはいえ、肉が残っていると獣は見逃さないようだ。残念だが、残った羽毛をかき集めて秋に期待することにしよう。
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失意の中、とぼとぼと舗装道路を歩く。とりあえず、アカツツホソミツギリゾウとヒメオオが採れただけでも来た甲斐があった。次はいつ訪れることができるだろうか。
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いろんなことを考えつつ、あのカーブを曲がれば集落、というところまで来たその時だった。
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イワワキセダカコブヤハズカミキリ♀
なんと、こんなに集落に近いところで遭遇するとは思ってもいなかった。しかも、こんな時期にもう出現していることに驚く。住みよい枯葉を求めて移動している途中とはいえ、よくぞ轢かれずにいたものだ。最後に、いい虫に出会えてよかった。
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人間の目にはまだ夏真っ盛りのように見えても、すでに山では秋の準備が始まっているのかもしれない。その象徴ともいえるセダカを手に、霧に覆われていく山々を後にした。