多摩川:河川敷の湿地帯1

2013.Dec.13

師走に入り、毎日があっという間に過ぎていく。自由に採集に行ける期間を有効に使うべく、冬場もフィールドへ。

奥多摩材採集に代わる冬場の採集は、ゴミムシ掘り。黒くて地味で同定が難しいイメージが強いゴミムシだが、アオゴミムシ亜科とアトキリゴミムシ亜科という、2つの美麗グループがある。このうち、大型種が多いアオゴミムシ亜科がこの冬の狙い。

このグループの多くは草原や湿地という環境に生息しており、日本では森林を主な住処とするカミキリムシとは勝手が違うが、まったく違った採集をすることも、それはそれで面白いものである。生息環境をイメージしながら、航空写真で目星をつけた多摩川河川敷の湿地帯へ。


出発がだいぶ遅れたため、目的地にたどり着いたのは午前11時。ここは多摩川の中流域にあたり、広大な河川敷が広がっている。堤防の上を歩きながら、まずは環境を一望し、進入ルートを探る。

しばらく歩くと、堤防は支流で分断される。流れに沿って踏み跡があったので、それを頼りに進んでいく。

支流と本流の間には、航空写真からも確認できる大小の水溜りがある。オギ、クズ、ノイバラが激しい三つ巴となっている草原を突き進みながら、朽木や崖を探していくが、良い物件はそうそう転がっているものではない。

やっと見つけたのが、この朽木。


アオゴミムシ

この亜科を代表する普通種が数匹越冬していた。この種、希少度が高ければ国内外から絶賛されること間違いなしの美麗種なのだが、平地の草原の採集ではたいてい見られるため、残念ながらあまり注目されない。かつては乱立していたという「アオゴミムシマンション」と呼ばれる物件、いつの間にか見られる場所が少なくなっているのが気がかり。

ちょっと目先を変えて、水際の崖に注目。

砂でできており、簡単に崩すことができる。もっと下流での経験では、こんなところだと大物が越冬しているはず。


ヒメマイマイカブリ

すぐに、その大物が姿を現した。朽木が少ない場所では、こういう砂の崖も狙い目。

さらに先へ進み、メインの湿地帯へ。ハリエンジュが多いため、状態の良い朽木はあまり期待できそうにないが、この先にある航空写真では写らない水溜りを目指して進んでいく。


林内にみられる水溜まり跡


林内にみられる水溜り

このような水溜りとその跡が、オニグルミとハリエンジュが混じる林内に点在する。この環境なら、湿地性のゴミムシ類がいそうな気もするのだが、朽木や小規模な崖といった、良い物件が見つからない。

2時間ほどの探索で虫が出てきた数少ない物件が、次の2件。


1.オニグルミの根返り


アオオサムシ

河川敷だと個体数は少ないことが多い。堤防によって河畔林と里山が分断された現在、孤立個体群として長期の存続は難しい状況。


2.ヤナギ朽木


オオホソクビゴミムシ

湿地に生息するゴミムシの代表種。寒さが厳しかったからか、高温のガスを噴出することはなかった。

追加を狙って崩していくが、シロアリが出現。こうなると、可能性はぐっと下がる。

珍しいことに、アリと共存していた。そして、アリの巣の内部に鎮座する奇妙な物体に視線が集中する。


アリノスアブ類の幼虫

昆虫とは思えない奇妙な姿。図鑑で見て知っていなければ、キノコと思ってそのままにしてしまうだろう。一緒にいたアリとともに採集し、飼育してみることに。アリの幼虫や蛹を食べるということなので、エサの調達に工夫が必要。

そろそろ飽きてきて帰ろうと思ったが、最後に草原を抜けて水辺へ。

多摩川本流を眺めて帰ろうと思った時、ヤナギが気になった。実は、多摩川に来る際には毎回短時間でも探している虫がいるのだ。

近寄ってみると、不自然に膨れ上がった枝があった。コウモリガ幼虫が穿孔するとこのようになることが多いが、神奈川での経験によれば、狙いの虫はこの状態になったところへ産卵・穿孔するらしい。

よく見ると、小さな糞が糸で綴られている。コウモリガ幼虫であれば、糞がもっと派手に噴出して糸で綴られている。メイガ類幼虫の仕業か、あるいは・・・・。

ナタで削ってみると、食痕が材部へと続いている。これは、期待が高まる。

やがて、幼虫が出現。この姿、たぶん狙いのスカシバガ。神奈川で採集して以来、実に8年ぶりとなる。

1匹いれば近くにまだいるはずなので、周囲に目を広げる。

すぐに、同じような枝を発見。

今度はかなり奥に穿孔していた。腹部第8節の気門が著しく背面に寄るのが科の特徴のひとつなので、間違いないはず。

ヤナギは水差しにしておけば発根してくれるので、生木食いのスカシバガ飼育ではとても楽な部類。移植用の枝とともに、大事に持ち帰る。

思わぬ収穫を手にして、これでやっと帰ることができる。風が冷たくなってきた草原を、足早に戻っていく。湿地帯のゴミムシは、また夏にトラップで狙うことにしよう。

堤防に上がろうとした時、一枚の看板が目に留まる。この冬、ハリエンジュの伐採作業が行われるらしい。作業は今日歩いた範囲すべてで行われる。一緒に生えているオニグルミ、作業員には区別できず伐採されてしまう可能性が高い。さらに、航空写真で見ていた他所の事例からすれば、伐採木を重機で集めて運搬するはず。そうなってしまえば、湿地環境もかなり攪乱されてしまうだろう。生態系の回復を意図する事業なら、もう少しやり方を工夫できないものだろうか。

夏に来たとしても、トラップ採集する環境は、もうないかもしれない。あとは、この川の環境復元力と、周辺からの個体供給がどれほどあるか。そんなことを考えながら、夕闇が近づく河川敷を後にした。

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