2014.Aug.17
子供の夏休みといえば、海水浴、磯遊び。普段見られない海の生き物に出会えて子供も大人も楽しめる環境である。カミキリ屋にとってはまず訪れることがない場所なのだが、砂浜や岩礁といった環境では、他では見られない特異な虫が生息する。しかし、残念なことに防波堤・防潮堤・リゾート開発などの人間活動により、日本各地の海岸環境は急激に悪化して、虫の姿も各地で急速に消えている。
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今回の狙いとした2種のハンミョウも、千葉県内の海岸に昔はもっと広く生息していたとみられるが、現在ではほとんど壊滅状態となってしまっている。わずかに残った生息地はどんな環境なのか、まだ見られるうちにこの目で見ておきたい。数少ない生息地ということで採集圧の影響が無視できないため、両種とも発生終盤であるこの時期に行くことにした。発生初期や最盛期に行くと産卵前の個体を採集してしまう確率が非常に高くなり、個体群の存続を脅かすことは明らかだからだ。個体数は少なくなるだろうが、なんとか見つけるしかない。片方の種は斑紋変異が大きいのだが、採集は2匹までにしておこう。ということで、既知の生息地を目指して南房総へ。
朝6時、成田を出発して高速道路を一気に南下する。
7時、最初の目的地に到着。すでに日は昇り、真夏の日差しが照りつける。気温が上がる前が勝負とみて、さっそく探索開始。
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少し歩くと、海浜性の植物が生えているエリアに出る。
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海辺なので風が強く、砂には波の模様が浮かび上がる。
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コウボウムギ
砂浜の最前線に生える植物のひとつ。強風で砂に埋まっても、たくましく生きている。その姿を弘法大師の筆に見立てたことからこの名があるという。
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砂地を歩いていくと、足元からたくさんのバッタが青い翅を広げて飛び立っていく。
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ヤマトマダラバッタ
良好な海浜環境に生息するバッタ。模様は1匹ずつ異なるが、どれもうまく砂に溶け込んでいる。
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さて、狙いのハンミョウはこの風の中でどう動いているのか。
「一般的な昆虫と同じなら、あんなところに行くかも」と思いながら、歩いていく。
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そうして目星をつけたのが、この場所。ここで、魚用の網を持ったベテランの虫屋さんに話しかけられる。狙いの虫は同じだったので生息環境を尋ねてみると、こういう場所で良いという。他のハンミョウと同じく、歩いていくと足元から飛び立つのでそれを採るらしい。
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ということで、この場所を重点的に探すことにする。砂浜を広く見渡しながら、ゆっくりと歩いていく。
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すると、すぐに1匹の虫が飛んで少し先へ着地した。
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この姿、バッタでもハエでもない。とりあえず撮影と思ったが、そう簡単にいきそうもなかったので網を出す。何回か失敗した末に、なんとか確保する。
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カワラハンミョウ
この上翅の模様がとてもかっこいい。ここ房総半島では黒化傾向が強い個体が多いらしいが、これは全国的に見られる典型的な斑紋の個体であった。
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最初の個体を確保している間にも、別の個体がすぐ近くにいるのが目に入る。
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今度は撮影に挑戦。
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ゆっくりと、近寄っていく。
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気配を察知されて飛んでしまっても、諦めずに近づいていく。
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最初は敏感だと思っていたが、ゆっくり動くものに対しては意外と鈍い。5cm以内に近寄っても逃げなかった。2匹までの制限を課しているので、この個体は撮影のみ。
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ベテラン虫屋さんに採れたことを報告する。
「このあたりでは採れるが、ここ以外ではほとんど見かけない。いることはいるけど少ない。」
ということなので、実際にどのくらい少ないのか確かめてみることにした。
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似たような環境を求め、海岸をひたすら歩いていく。なんとなくいそうな場所はあるのだが、飛び立つのはバッタ、ハチ、ハエのみ。最初の場所だけにいるとは思えないのだが・・・。
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ただ歩くだけではつまらないので、波で打ち上げられたものをひっくり返してみる。
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ヒョウタンゴミムシ
海浜性のゴミムシの代表格。実は、生きているのを見るのは初めて。
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まるでクワガタのような立派な大顎をしている。その後、朽木や海藻をひっくり返していくつか採集した。
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海岸の端まで歩いたが、カワラハンミョウの姿はなし。行きと同じように砂浜を見ながら、先ほどの場所まで戻ることにする。
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少し歩くと、双翅目談話会会誌「はなあぶ」で見たことがある双翅目を発見。
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ハマベコムシヒキ
海浜性のムシヒキアブで、ハエなどを狩って生活しているらしい。
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さらに、昔の貨幣らしきものも発見。カワラハンミョウも文字通り各地の河原にいたであろうこの時代が、歴史的に見ればつい最近のことなのに、とても遠く感じられる。
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再び、先ほどの場所に戻るとベテラン虫屋さんが休憩しているところだった。
「全然見当たらなくなった」ということだったが、少し立ち話をした後に探してみることに。
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まず周囲を歩いた後で、なんとなくいそうな場所へ歩いていくと、1匹の虫が飛び立つ。
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今度は黒っぽい個体。先ほどの撮影で要領はわかっているので、今度も撮影に挑戦。
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膝をつき、肘をついてカメラを固定しながら近づくと、なんとこちらに歩いてくるではないか。
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カワラハンミョウ
さきほどの個体と比べて黒い部分の面積が多い。たぶん、暑くて日陰を求めているのだろう。ある程度撮影したところで、この個体を確保する。
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立ち上がって歩くと、また1匹発見。今度も同じ要領で近づいていくと、日陰に完全に入ってしまった。
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前の個体よりもう少し黒化した個体。これは採集せずにそのままにしておいた。
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ベテラン虫屋さんに撮影できたことを報告し、しばし立ち話。この時初めて、この方がマイマイカブリ採集などで有名なしんちゃんさんであることを知る。過去に1回だけカミキリムシ採集でニアミスしたことがあり、その時の話や共通の知人である若手虫屋さんの近況について話をする。こういう既知の産地に来ると、虫屋の世界は狭いことを実感することが多い。
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写真も撮れたので、そろそろ次の場所へ移動しよう。その前に、砂地に穴を掘っているハチをいくつか採集。
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砂を掘るハチその1
スナハキバチの一種
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砂を掘るハチその2
ニッポンハナダカバチ
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そして、カワラハンミョウのいるエリアを去る直前、草むらに隠れていた個体を発見。
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こんなに黒いと、近年の酷暑を乗り切るのは大変なはず。ブログなどの採集報告はそんなに多くないが、虫屋のブログ執筆割合や年齢別人口分布を考えると、実際はその数十倍の人が訪れていることになり、それを思うとこれ以上採集する気にはなれない。無事に生き延びて子孫を残すことを願って、そのまま放り投げた。
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まだ採集を続けるしんちゃんさんに別れを告げて車に戻ると、すでに9時半。太陽が真上に来る前に次の場所へ移動すべく、車を走らせる。
(まだまだ執拗に採集を続けそうな様子を見て、先ほどの自分の撮影報告を後悔している。報告がなければあの時点で採集を切り上げた可能性が高く、そうなればハンミョウたちがこの夏に子孫を残す機会がもっと増えたかもしれないからだ。)
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10時半、次の場所へ到着。駐車場は満杯で、磯遊びや磯釣りを楽しむ人々でにぎわっている。長竿に網は目立つので、網だけリュックに入れて探索開始。
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足元に注意しながら、灼熱の岩場を歩き回る。
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この場所での狙いのハンミョウは、波打ち際の岩の割れ目に幼虫が生息し、成虫は水辺に集まるハエなどを食べて生活しているはず。生息する微環境をイメージしつつ探していくが、一向に姿は見当たらない。
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岩の上にいる生き物といえば、フナムシ、ハエ、カニくらい。特にハエの存在は非常に紛らわしく、何度だまされたことか。
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1時間ほど探し回ったが、影も形もない。このハンミョウ、意外と発生期間が短いらしく、通常の発生時期はもう少し早いはず。もしかしたら、完全に発生が終了してしまったのではないか。
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太陽はますます高くなり、真夏の暑さが体から水分を容赦なく奪っていく。昼食を食べて帰ろうとかとも思ったが、せっかくはるばる来たのでもう少し粘ってみようと思い直す。とりあえず、場所を変えてみよう。
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50mほど場所を移動してみる。さきほどの場所と比べて、岩が黒いのがわかるだろうか。
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パッと見た感じでは、岩の割れ目がとても少ない。ハンミョウ幼虫の生息に適しているようには見えなかった。
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しかし、水際まで行ってみると、なかなか良さそうな環境が広がる。護岸と称した開発で海岸線が変容していく中、こういう場所は意外とありそうでない。いそうな予感がすると思った矢先、今までとは明らかに違う虫が飛び立ったのが見えた。
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長い脚で岩の表面から浮いていて、これはハエではない。まず撮影をと思ったが、非常に敏感でこれ以上は近寄れない。もしかしたら今シーズン最後の1匹かもしれないと思い、網を片手に追いかける。
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狙いを定めて、一振り。非常に小さいので、失敗したら見失ってもう会えないかもしれない。果たして、入っているのだろうか。
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シロヘリハンミョウ
なんとか網に入っていた。上翅の縁が白いのが大きな特徴で、カワラハンミョウよりも一回り以上小さい。磯遊びをしている人の目には全く写らないのだろう。
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とりあえず1匹確保できたので、次は生態写真。こんな場所にいるはずと狙いを定めて、じっくり探す。すると、この付近だけに複数の個体がいるのが見えてきた。
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ただし、非常に敏感でなかなか近寄れない。
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肉眼では鮮明に大きく見えるのに、デジカメではこの程度にしかならない。
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こういう敏感な虫を撮影する時、レンズが広角だととても難しい。画角がもう少し狭いといいのにと思っているうちに、リュックの中のもう1台のデジカメの存在を思い出す。相方からもらったリコーのCX2、これなら少しは撮影しやすくなるはず。
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少しは大きく写る。ただし、足場の悪い磯と、真夏の日差しに集中力を奪われ、思うように近づくことができない。
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トリミングすればなんとか見られる写真が撮れたので、今回はこれで良しとしよう。
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近くの定食屋さんで昼食を食べる。アジの刺身が一番おいしかった。
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午後は南西諸島由来のカミキリムシを探そうとも思ったが、時期外れなので来年以降に持ち越しにすることにした。成田にいるうちに家族で水族館に行くという計画もあるので、その時に探すことにしよう。
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お土産を買って、13時過ぎには帰途についた。