大虎の棲むモミ林:実戦編

2014.Sep.6

先週の探索で、偶然にも今まさにオオトラが発生しているモミ林を発見した。

それから、週末の天気予報をずっと気にする毎日。

気まぐれな空模様は相変わらず続いており、土日の予報は雨。

しかし、刻々と変わる気圧配置を見ていくうちに、水曜頃から希望が見えてくる。

そして、金曜昼の気圧配置を見て、それは確信に変わった。

「土曜はおそらく予報よりも良い天気になり、採集の条件が整うはず。」

「あの場所で1日粘れば、かなりの確率でオオトラを見ることは出来るだろう。」

「長竿がないハンデはあるけど、あの場所なら、なんとかなるだろう。」

奥多摩で探す時よりもずっと強い感触を抱きながら、始発電車に乗り込んだ。


6時50分、現地に到着。

空には薄い雲が一面にかかっているのは、これから晴れる前兆でもある。

前回と同じく、早朝に動き始める個体を狙うべく、黙々とポイントまで登っていく。

しばらく登って、目的地に到着。

狭い尾根筋に沿って、モミの木がたくさん生えている。

先週、幼虫を見つけた木の位置を再確認。

このあたりを探索の中心地点としよう。

時間がまだ早いため、林内には日差しが注いでいない。

下草での採集例をヒントにモミの木の根元付近を中心に休息中の個体を探す。

探索開始から5分くらい経った頃だろうか。

前方の地面に、黄色と黒の縞模様が動いているのが目に留まった。

しかし、オオトラとはどうも配色パターンが違う。

しかも、翅を出しっぱなしというのは甲虫ではあまり考えられない。

近づいてよく見ると、その正体がすぐにわかった。

ヒメスズメバチ vs モンスズメバチ

こんな朝早くから、何をめぐって争っているのだろうか。

しばらく観察していると、最終的にヒメスズメバチの勝利で終わった。

ヒメスズメバチの方が一回り大きく、体格の差は大きかったのだろう。

8時50分、ついに太陽が雲から顔を出し、林床にも夏の日差しが届く。

まだ産卵のため樹冠から降りて来るには早すぎるので、引き続き下草を中心に探していく。

モミの木を巡回して30分ほど経った頃だろうか。

あるモミの木の根元を見ていると、頭上で大きな羽音が聞こえた。

すぐに顔を上げると、大きな黄色い甲虫が幹から飛び上がったところだった。

体が重そうでフラフラとしているが、その姿は、まぎれもなくオオトラカミキリのメス。

そして、飛行速度を上げる前に、近くにあるツル植物に宙づりになるような形で着陸。

地上3mほどで手が届かないのだが、その姿はくっきりとこの目で捉えている。

長竿さえあれば、すぐにでもネットインできるというのに。

せめて写真にでも残そうと思ってカメラを取り出すが、接触不良なのか電源が入らない。

そうこうしているうちに、体勢を立て直したオオトラは再び離陸し、モミ林の樹冠へ吸い込まれていった。

初遭遇したモミの木

あと5秒、顔を上げるのが早ければ、ジャンプしてキャッチできる位置だった。

それでも、野外で活動するオオトラに初めて遭遇することができた。

やはり、先週の見立ては間違いではなかったのだ。

まだ9時30分、時間はまだまだたっぷりある。

チャンスはまた来るはずと信じて、探索を再開する。

細い木にあいた羽化脱出孔

先週は見られなかったもので、この木以外にも数本そういったものが見られた。

あの後も羽化脱出が続いていたことを示している。

きっと、この瞬間もそれなりの個体数が樹冠でうごめいているに違いない。

尾根筋の木を一通り見終わったところで、斜面を少し下って探索範囲を広げる。

斜面を下っても、ヤニが噴出する木がたくさんみられる。

この木はかなりの大木で、遠目でも3か所ほど幼虫が穿孔していることが見てとれた。

そのうちの1か所は地上1mほどのところにある。

ヤニがまだ白いので、樹皮下は今年食われたのだろう。

近づいてよく見ると、すでに羽化脱出孔があいていた。

孔は本来は丸いはずだが、もうヤニで形が変わりつつある。

幼虫時代はもちろんのこと、成虫になって脱出する瞬間まで、ヤニとの闘いなのだ。

しかし、それにしても新鮮な羽化脱出孔だ。

脱出時に出たとみられる木屑が、まだヤニの表面に乗った状態である。

昨日、いや、もしかしたら今朝・・・・。

そう思った瞬間だった。

視界の斜め右上に何かがいることに気づいた。

羽化脱出孔から約1mほどの距離・・・。

高所なので、なかなかうまく撮影できない。

逃げられてはもったいないので、そっと手を伸ばす。

オオトラカミキリ♀

ついに、手にしてしまった。

この重量感、讃岐国以来実に6年ぶりである。

前胸や前脚がヤニにまみれており、脱出時の最後の闘いを制して出てきたようだ。

体長は約30mm、今日最初に見た個体より大きく、なかなかの風格。

大木に穿孔すれば分厚い樹皮下をたくさん食べて大型化できるのかもしれないが、

その代償として幼虫時代からモミとの壮絶な闘いを繰り広げて下界に出てくるのだろう。

タッパーに納めた後、ゆっくりと尾根筋まで戻り、一休み。

とりあえず、午前中に1匹採れたので満足。

午後になったら産卵に来る個体を探して、オオトラが降りて来る木というものをこの目で体感しよう。

休憩の後、条件が整うまで周囲を軽く散策する。

アカハナカミキリ

林縁に咲いた花に1匹だけ止まっていた。

この姿を見かけると、夏も終わりが近いと思ってしまう。

エサキオサムシ

昼間に歩いている個体を見るのは初めて。

久しぶりにオサムシ特有の刺激臭を嗅いだ。

11時40分、樹冠から覗く空は青く晴れ渡り、真夏の太陽が輝く。

モミの樹幹も日が当たるようになり、気温もかなり高い。

ようやく、条件が揃ったようだ。

すでに1匹採っているので、心にはかなりの余裕がある。

産卵に降りて来るメスを何が何でも見つけてやろうという気持ちではなく、

この林の状態を体感しながら、運良く出会えたら良いくらいの気持ちでモミを見ていく。

しばらく何も見つからないまま時間が過ぎていくうちに、

手軽に見られる尾根筋の木ばかり見ている自分に気づく。

斜面にも多くの木があるので見に行けば良いのだが、なんとなくピンと来るものがない。

産卵に来る本来の生態をぜひこの目で見てみたいのだが、

1匹採ったという余裕が、その欲求を忘れさせていく。

そして、睡眠不足と早朝からの登山が今頃になって効いてきて、

次第に探索範囲は狭くなっていき、時おり木陰で木にもたれかかって休むようになる。

どのくらい経っただろうか。

なんとなくモミの生える斜面を見ていたところ、1本の木が目に留まった。

今まで気づかなかっただけかもしれないが、明らかに雰囲気が違う。

そう思った次の瞬間には、斜面を下って木の根元まで来ていた。

根元から上へと、素早く視線を移していく。

すると、はるか上方から何かが歩いてくるのかはっきりと見えた。

その正体はすぐにわかったので、カメラを取り出す。

意外と速い速度で、ジグザグな進路だが確実に根元を目指して進んでいる。

そして、いきなりUターン。もう、ダメなのか・・・。

願いが通じたのか、再度Uターンして下へ下へ。

樹皮が粗くなってきたところで、左右への動きが大きくなる。

そして、産卵開始。

幹にしがみついて手を伸ばせば、なんとか届く高さである。

実物を目の前にして、冷静に撮影している余裕は消えていた。

気づかれないように裏側から回り込み、間合いを詰める。

右手で太い幹をしっかり抱きかかえながら、左手を伸ばす。

オオトラカミキリ♀

やっと、野外で産卵しているところに出会えた。

時間は13時20分、現地到着から6時間半が経過している。

さきほどの個体よりも一回り小型で、ヤニはまったくついていない綺麗な個体。

狙って採れる時代になったとはいえ、1日に複数も採ってしまうとは自分でも驚き。

逃げられないように慎重にタッパーに収める。

尾根筋に戻る前に、改めてこの木の状況を確認。

植林の中に1本だけ生えている巨木で、植林から頭1つ分突き出ている。

光をめぐる競争で不要になった下枝の多くは朽ち果てており、

樹冠近くまですっきりと見渡せるようになっている。

そして、樹皮は他の木よりも粗くて隙間が大きい気がする。

こんなことがオオトラが降りて来る木の条件なのかもしれない。

尾根筋に戻ってしばらくすると、雲が広がって太陽が隠れてしまう。

青空はまだところどころにあるのでまた顔を出すだろうが、長続きしないだろう。

産卵に来るところも見られたし、今日はこれで満足。

水分もすでに底を尽いているので、下山することにしよう。

下山途中、1本のモミの木に虫影を見つけたのでちょっと寄り道。

地上50cmほどのところでヤニが噴出。

粗い木屑が出ていたので、ヒゲナガカミキリ幼虫の仕業だろう。

そして、木屑排出部分に小型のクワガタムシが頭を突っ込んでいた。

上翅にスジがあるので遠目にはスジクワガタに見えたが、

近寄ってよく見ると体型が違うのですぐに別種と気づいた。

写真でもわかるように、ちょっと頭の向きを変えてもらうことにしよう。

ネブトクワガタ♂

西日本ではごく普通に見られるが、東京での分布は極めて限られる。

いずれ本気で探そうと思っていたが、こんなところで出会えるとは。

モミ林探索の思わぬ収穫となった。

下界に戻ると、積乱雲があちこちで湧き上がる。

明日はまた天気が崩れて、秋のような涼しさになるらしい。

オオトラを2匹も恵んでくれたモミ林に感謝しつつ、帰途についた。

参考:本日の天気・気温・湿度(日本気象協会tenki.jp)

降臨するのは蒸し暑い猛暑日を想像していたのだが、実際はそうでもないのかも。

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