奥多摩:少し遅めの春

2014.May.2

今年も奥多摩の山々から新緑の便りが届くようになった今日この頃。この冬は例年に比べて雪が多かったこともあり、春の訪れが少しだけ遅れている様子が「リアルタイム情報」からうかがえる。いつもと違う季節推移の中で現地入りできるということは、大きなチャンス。これまでわずかなタイミングの差で出会うことが叶わなかった昆虫のうち、どれかひとつくらいは出会えるかもしれない。そんな淡い期待を胸に、夜勤明けで寝袋を持って、奥多摩行きの電車に乗り込んだ。


電車に揺られること3時間半、奥多摩駅に到着。

駅前のフジの花はちょうど満開。例年は満開を少し過ぎたくらいなので、季節は少し遅れている。

最終より1便前のバスに乗り、集落に到着。昼に雨が降ったようで、路面は濡れている。

日没までは時間があるので、ちょっと寄り道。5年前、ほんのわずかな差で出会えなかった、幻の美麗カメムシを探しに行くことにしよう。


秘密のツゲ群落

開けた場所にあるので、上空を飛ぶ成虫にも発見しやすいはず。しかし、いくら目を凝らしても光輝く終齢幼虫や新成虫は見当たらず、長竿で掬っても何も入らない。やはり、5年前と同じく前年から幼虫の発生を確認しておかないと難しいのか・・・。

ひとつめの狙いは、やはり今年もダメだった。探索を終えていつもの場所に向かう頃、すでに太陽は山影に。

いつもの谷のは急速に闇に包まれていく。糸のように細い三日月が西の空に沈んでいくのが見えるので、灯火採集の条件はバッチリのはず。夕食を食べて、ライトを片手に外灯のまわりをウロウロする。


エサキオサムシ

最初に姿を現したのはオサムシだった。冬眠から覚めるのはもう少し後だと思っていたのでちょっと意外。


ハルタウスクモエダシャク

早春に出現する、明るい模様のエダシャク。存在は知っていたが、見るのは初めて。


コロギス幼虫

越冬明けで営巣場所を求めて移動中なのだろう。夏場には葉を綴った巣の中に潜んでいるのをよく見る。

今晩は蛾屋さん1名も周辺の灯火をめぐっている。話してみると私と同じく写真狙いのようだ。見た瞬間に名前を呟いており、かなりのベテランとみた。飛来した蛾をいくつか教えてもらい、撮影していく。


キンイロキリガ

飛来したものを教えてもらって撮影。奥多摩のこのエリアでは初めて見る。


エゾヨツメ

早春に出現する大型蛾のひとつ。これも居場所を教えてもらって撮影。

あと1種、早春の大型蛾を撮影したくて粘っていたところで、悲劇が起こる。長竿で外灯周辺を掬っていたら、網の枠が一瞬にして扁平な楕円形に。ついに、10年近く使って軽合金四ツ折枠が寿命を迎えてしまったのだ。新緑の季節といえば、カエデ掬いや新芽掬い。明日は思う存分活躍してもらうはずだったのに、なぜこのタイミングなのか。すっかり意気消沈して、寝袋に潜り込む。

翌朝4時半、起床。空はよく晴れている。朝食を食べ、身支度を整える。


昨夜壊れた軽合金四ツ折枠

テープで補修できるレベルではないことを認識。もう、長竿は置いていくことにしよう。

出発する前に、灯火への居残り蛾を探しにいく。


イボタガ

昨夜は見つからなかった、早春の大型蛾を無事に発見。蛾屋さんが3日前に訪れた時はたくさん飛んでたそうなので、例年通り発生しているようだ。今年も撮影できて満足したので、原生林を目指して出発する。

いつもの谷の様子。見た目にはいつもとそんなに変わらないが、トチノキの蕾の膨らみがないなど、若干季節が遅い気がする。

気温は約10℃ (5:40)。今回はこの木製の温度計を持参してみた。以前のものは2012年から行方不明なので、このまま置いておくことにした。


滝壺に残る雪

この時期に雪が残っているのは初めて。この冬の雪がいかに多かったかを物語っている。


ウワミズザクラの蕾

例年なら満開なのに、まだ蕾固し。残雪で谷筋は気温があまり上がらなかったのだろう。長竿が無事でも結局花掬いは出来なかったので、ショックは少しだけ軽減。

登山道に入り、いつもの原生林を目指す。

麓に近い方は新緑がまぶしい。林内を吹き抜ける風も、実に爽やか。木々の配置を改めて頭に焼き付けながら進んでいく。

尾根筋に出たところで、ビーティングネットを用意。尾根の終点付近だけは新緑に手が届くので、ここが勝負。

このあたりに多いシナノキを中心に叩いていく。


チチブニセリンゴカミキリ

まだ触角が伸びきっていないほど、新鮮な個体。材採集するとかなり早く羽脱するが、野外でも相当早く出てくることがわかった。


アシナガオトシブミ♂

よく似たリュイスアシナガオトシブミは常連だが、これは初めて見るかも。


ムラサキナガカメムシ

小型だが渋い模様のナガカメムシ。触ると結構強い臭いが手に残る。

そろそろ林縁が終わって林内に入ろうというところで、前方に今まで見たことない動物を発見。


ニホンマムシ

奥多摩では初めて見る。まだ体温が十分に上がっていないからか動きが鈍い。叩き棒でそっと移動させて、先に進む。

尾根筋は谷筋に比べて、見上げると青空が多く見える。樹種によって芽吹きの度合にバラツキが大きい。

ブナはすでに葉が大きく展開している。

しばらく歩いていると、ひこばえがあるミズナラに目が留まった。

何かの食痕があるのが、遠目からでもわかる。

回り込んでみると、葉脈の裏に見覚えのある姿。


オオミドリシジミ幼虫

関東では平地の雑木林でお馴染みだが、山地にも生息している。ここは標高1000m超、コナラは生えていないのでミズナラを食べているようだ。

さらに、同じ木の別のひこばえにも幼虫がいた。以前、1匹だけ採集したことがあるものの飼育には失敗しているので、今回は無事に成虫まで育ててみたい。

標高を上げるにつれ、同じ樹種でも芽吹きの度合いがだんだん浅くなっていく。

明るい林床には、たくさんのスミレ類が花を咲かせている。


トラフコメツキ

フワフワと飛んでいたところをビーティングネットで受ける。23区内に遅れること2ヶ月、ようやく姿を現したようだ。

さらに登ると、林内には直射日光が強く降り注ぐようになる。

そんな中でも葉をいち早く展開しているのは、ヤマザクラ。ニホンジカが多いこのエリアで奇跡的に残っている幼木(高さ3mほど)の下に回り込み、目を凝らしてあるものを探す。

食痕を頼りに探すと、それはすぐに見つかった。


メスアカミドリシジミ幼虫

日本産ゼフィルスの中で唯一、サクラ類を食べる変わり者。狙っていたが今までなかなか見つけられなかったので、とても嬉しい。家の近くでも若葉は手に入るので、飼育には困らないだろう。幼虫をもう1匹確保したところで先へ進む。

さらに標高を上げると、ほとんど冬景色。


トウゴクミツバツツジ

芽吹き前の森を彩る、可憐な花。薄暗い背景で淡く光っているような絶妙な色合いは、何度見ても美しい。


ミヤマセセリ

南斜面で時々飛んでいる姿を見る。もっと下の方で羽化したものが飛んできているのだろう。

日当たりの良い尾根上で、イヌブナが芽吹き始めていた。長竿さえあれば、ブナ林の宝石を掬い取ることができるはずなのに...。そう思いながら、なんとなく叩いてみると、

褐色の鱗片とともに、キラリと光るものが落ちてきた。


トウカイコルリクワガタ♂

野外でコルリクワガタ類の成虫を見るのは10年前の南会津以来。奥多摩では幼虫採集した飼育個体を見ただけで、野外では初めて。追加を狙ってすぐに周辺を叩いてみたが、コメツキムシが1匹落ちただけであった。昨年も新芽掬いのタイミングがいまいち掴めなかったが、今日採れるということは、思っていたよりも早い方が良いのかもしれない。

長竿がない以上、粘っても仕方ないので先へ進む。

さらに登ると、トウゴクミツバツツジも見えなくなって完全に冬景色。


ズボンをよじ登るマダニ類

でも、冬景色だからといって油断は禁物。

ノリウツギは大雪にも負けず健在。今年も8月にはたくさん花を咲かせてくれることだろう。

ノリウツギの無事を確認したところで、別ルートの様子を確認しながら帰途につく。

途中で、羽毛トラップを設置。昨年の失敗をもとに、羽毛100%で勝負。

かなり下ってきたところで、モミ林へ。オオトラカミキリ幼虫が入った枝が、雪の重みで落ちていることを期待して歩き回る。

こんな感じで、ヤニまみれの枝が落ちていたら可能性あり。これは昨年以前に幼虫が穿孔していた古い枝だった。

斜面をくまなく歩いたものの、幼虫が穿孔している枝は見つけられず。このままでは悔しいので、雪で折れた枯枝を1本だけ持って帰る。


樹皮下近くを食い進む幼虫

うまくいけば、メディオ(ヨツボシシロオビゴマフカミキリ)に化けるはず。

舗装道路に降りてくると、日差しが照りつけて暑い。

気温は23℃まで上がっている。まるで6月の陽気だ。

バス停を目指して集落内を歩いていく。畑にはウスバシロチョウが1匹だけ飛んでいた。


この集落で唯一の犬

昨年よりちょっとだけ大きくなっていた。


集落の中心にある八重桜

例年なら散り始めているのだが、今日は花びらひとつ地面に落ちていない。

畑脇のアスパラガスにはジュウシホシクビナガハムシが群がる。

日向の花にはビロウドツリアブがせわしなく飛び回る。

そして、到着したバスに乗り、いつもより少し遅めの春に包まれた集落を後にした。

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