奥多摩:青葉の尾根筋

2015.Jun.2

5月下旬に早くも真夏日を記録するなど、梅雨の足音を掻き消すような陽気の今日この頃。奥多摩の山々も麓から頂まで緑に包まれ、6月になれば青葉の季節。

これまで6月に訪れたのは、林道1回、山登り3回の計4回、いずれも6月中下旬。6月上旬に、いつもの尾根筋に行ったことは一度もない。前後の時期から現地の様子はある程度は想像できるが、やはり行ってみないと実際のところはわからない。この時期、あの場所にはどんな花が咲いているのだろうか、広大な原生林にはどんな虫が飛び交っているのだろうか。


日付が変わる頃、奥多摩駅に到着。

いつものように、蛾像収集。見たことある顔ぶれが多いが、相変わらず新顔も混じる。


ゴマケンモン

よく見る種だが、美しいので新鮮個体は毎回撮ってしまう。


ヨスジノメイガ

これも出始めのようで、かなり新鮮。


カシノシマメイガ

これが今日の新顔。いわゆる貯穀害虫で、野外で見る機会は少ない。

翌朝、もう一度トンネルへ。昨夜には撮影できなかった顔ぶれを一通り撮影していく。


ワモンサビカミキリ

南方系のカミキリムシなので、見つけた時はちょっと驚いた。交尾済のようなので、複数個体が近くにいるのだろう。

駅に戻ると、空が青くなってきた。今日も良い天気になりそうだ。始発バスに乗って、いつもの場所へ。

バスを降りて、集落の中を歩いていく。

1ヶ月前とは違い、山は完全に緑に包まれている。

道沿いの緑も前回より色が濃い。

谷筋のトチノキは実が膨らみ始めている。

いつもの登山口から原生林へ。

噴き出す汗と悲鳴を上げる肺に耐えながら、4時間ほどしか寝てない体でひたすら登る。

1時間くらいかかったような気がしたが、実際は30分ほどで尾根に出る。ここまで来れば、あとは楽な道が続くだけ。

先へ進む前に、ちょっと寄り道。実は前回、羽毛トラップを仕掛けておいたのだ。狙いはもちろん、コブスジコガネ類(Trox spp.)。

肉が残った状態で仕掛けて獣に持ち去られてしまった失敗経験があるので、今回は羽毛と骨だけにしておいたが、骨は消えていた。残った羽毛をゆっくりとひっくり返していくが、虫影はまったくない。おそらく羽毛がバラバラになっていたのが良くなかったのだろう。次回のために羽毛を一ヶ所にまとめて石を置き、先へ進む。

午前中は花掬いと決めているので、倒木の所在だけチェックしながら歩いていく。

林はすっかり青葉が出揃い、林床に届く木漏れ日も先月よりずっと少ない。


エゾハルゼミの羽化殻

まだ個体数は多くないが、林内には鳴き声が響き渡る。夏の足音が聞こえてきた林内を、花を求めて先へ先へと歩いていく。

途中、ホオノキが生えている場所で寄り道。葉脈に沿って線状の食痕を残す、あのカミキリムシが狙い。記録は1例だけあり、過去に食痕は確認しているので生息は確実。そろそろ出てくる頃と思って葉をくまなく見渡すが、食痕はまったく見当たらない。食痕がないのに粘っても仕方ないので、また帰りに寄ることにして先へ進む。

このあたりは樹高がどれも高く、長竿で掬えるような木はまずない。いつ行っても掬える高さに何らかの花が咲いてる、あのエリアを目指すしかない。

しばらく何も考えずに歩いていると、左斜め前方で大きな虫が飛んでいる。ミズナラの大木の根元に木漏れ日が当たっており、そこでホバリングしている。そして、根元にゆっくりと着陸した。

遠目にその姿を見て、息をのんだ。ハナアブで、今まで見たことない斑紋、そして何より、デカイ。

「もしかして、奥多摩の夢のひとつオオナガハナアブか?」

「でも、斑紋はなんか違う。一体何者なんだ?」

とにかく、採るしかない。

「下手に写真を狙って逃げられでもしたら、もう一生出会えないかもしれない。」

即座に決断させるほどの、圧倒的な存在感。飛んだら網を振るつもりで、ゆっくりと間合いを詰める。

意外と鈍感で、近づく間も微動だにせず樹皮に止まっている。あっという間に足元から50cmという位置まで来てしまった。こちらにはまったく気づいていないようなので、網をそっとかぶせる。

網をかぶせても、なお動かない。10秒くらいしてようやく動き始めた瞬間、網の外から取り押さえる。

スズメバチのような斑紋で、この大きさ。複眼が離れていてメスのように見えるが、腹端に交尾器が見えるので確実にオス。脚がもげて飛び去ることもあるので、3本の脚をしっかり押さえて撮影。そして、震える手で慎重に袋に収めた。一体、何者なのか。帰ってからその正体をじっくりと探ることにしよう。

ホバリングして着地したのは、こんなところ。もしかしたら追加個体が得られるかもしれないので、この先も似たような環境があれば注意して見てみることにする。

先へ進むと、新しい倒木がいくつか見つかる。午前中は花掬いと決めているので状態をチェックする程度に留めるつもりだが、良さそうな状態のものがあるとついつい深追いしてしまう。ふと我に返って先へ進むが、また新たな倒木に吸い寄せられる、この繰り返し。


クモノスモンサビカミキリ

ナツツバキの倒木の裏側にくっついていた。越冬明けの個体だろうか、この時期に見るのは初めて。

ようやく交差点のところに着いたのが9時。花掬いに適した時間まで、あとわずか。

その30分後、ようやく目的地に到着。このエリア、カミキリムシ好みの花がほぼ一通り揃っていて、いつ来ても何か花が咲いているのはもちろんのこと、どれも掬える高さにあるという素晴らしさ。さて、今日は何が咲いているだろうか。

まず目についたのは、ミズキの花。やや盛りを過ぎているが、虫は集まりそう。

続いて見つけたのが、樹高の低いこの木。

カマツカというバラ科の樹で、白い花をたくさんつけている。これも期待が持てそうだ。

時間は9時半、花掬いには良い時間帯だ。さっそく長竿を組み立てて、しばらく花掬いに没頭する。


ホソハナカミキリ

この近くに生えているタンナサワフタギをホストとする小型種。


ツノアカツノカメムシ

見慣れぬ鮮やかなカメムシだったので採集。帰宅後の同定で種名が判明、本州では稀な種。


アカスジオオカスミカメ

カスミカメムシ科としてあまりに巨大だったので迷わず採集。帰宅後の同定で種名が判明、科として世界最大級と知る。


コジマヒゲナガコバネカミキリ

奥多摩でMolorchusはあまり網に入ったことないので嬉しい。


ナガバヒメハナカミキリ♀

少し日陰の部分を掬うとピドニアも入る。


ナガバヒメハナカミキリ♂

頭胸部がなぜか赤くて、ちょっと雰囲気が変わる。


トサヒメハナカミキリ♂

この尾根筋では初めて見る。

周辺を行ったり来たりしながら1時間半ほど花掬いをするが、思ったよりも虫が入らない。長竿が届かないところに咲いているミズキの花がちょうど満開で、虫たちはそちらに引き寄せられているのだろうか。それに加え、日差しが強烈すぎて花の上から虫が姿を消しつつある気もする。この時期の花掬い、意外と難しいかもしれない。

日差しも強くなり、虫の飛来が明らかに減ってきたところで、来た道を引き返す。今度は採集方法を切り替えて、倒木や立ち枯れを中心に見ていく。

まず目についたのは、ミズナラの立ち枯れ。たしか昨年くらいに完全に枯れたはず。

近寄ってみると、何やら光る虫が材部に止まっている。


ミヤマオオハナムグリ♀

久しぶりに見る山地性のハナムグリ。ムラサキツヤハナムグリもこの近くで見たことがあるが、なんとなく雰囲気も違う。

次は、このカエデ類の倒木。まだ葉が青々としており、倒れてからそれほど時間が経っていないことがわかる。


シロトラカミキリ

これも久しぶりに見るカミキリムシ。色彩に少し変異があって、これは渋めの色。


トネリコアシブトゾウムシ

ビーティングをしたら落ちてきた。なかなかかっこいいゾウムシ。よく見ると倒木の巻き添えになったアオダモがあったので納得。1996年に新種記載され、原色日本甲虫図鑑には未掲載。

次はミズナラの倒木。5月に来た時はまだ立っていたので、その後に倒れたようだ。


ナガタマムシの一種

個体数は多いが、動きが速く気配にも敏感なので撮影に苦戦する。


ヘリグロベニカミキリ

どこからともなく飛来したのでネットイン。意外と見る機会が少ないので、この紅色はいつ見ても美しい。

12時半を過ぎ、徐々に睡眠不足のダメージが効いてきた。行きに見たホオノキだけでも見てから下山しようと思い、尾根筋の道を進んでいく。

ホオノキに近づいた頃、前方に帽子をかぶって網を持つ人がいることに気づいた。平日にこの場所で虫屋さんに出会うとは初めてだが、一体誰だろう。こちらを見て何か呼びかけているような気もするが、ちょっと頭がぼーっとしていてよく理解できない。

そして、5mほどの距離まで来て挨拶した時に、誰なのかようやくわかった。ミズナラ倒木の前で待っていたのは、昆虫研究会の先輩のH氏だった。昨年は一緒に原生林で灯火採集をしたのだが、まさか約束なしでここで出会うとは・・・。

偶然の再会を喜びつつ、お互いの今日の成果を見せ合いながら少し休憩。

H氏からは先ほど採集したというハナカミキリ2頭を見せてもらう。両方とも同じ種だが、片方は奥多摩でよく見るタイプなのに対して、もう片方はここではまず見ることがない斑紋をしていた。こんな斑紋が出現するとは、にわかには信じられない。他にも毒瓶を見せてもらったが、見慣れない細い甲虫が入っていたのが気になった。

先輩もハナアブをかなり採っていて、今日も某ハナアブが飛んでいないか気になっているようだ。そこで午前中に採集したハナアブを見せると、先輩がその瞬間に固まった。かなり珍しいものを採ったということがその反応からもわかった。一体、正体は何者なのだろうか。

網を置いて遅めの昼食をとる。すると、黒くて細長い虫が近くに飛んできたので素手で取り押さえる。


ムネアカホソツツシンクイ

先輩の毒瓶に入っていた細長い虫はこれ。この科の虫はなかなか縁がなく、南アルプス以来2匹目となる。

一方、先輩も倒木の陰に狙いの虫を発見したらしい。トワダオオカという、日本最大の蚊。難しい位置に止まっているらしいが、軌道を綿密に計算して一気に振り抜き、空中で一回転。

見事にネットイン。網の外からもうっすらと影が見えるほど巨大なのがわかる。


トワダオオカ

青と黄の輝きが美しい。普段は幼虫で採集するそうで、奥多摩で成虫採集は初めてという。

その後、しばらくミズナラ倒木の周辺で虫を探す。ホオノキも見上げてみたが、食痕は相変わらずなかった。


ミドリカミキリ

かなり大型の個体で迫力がある。里山ではよく見る種だが、奥多摩の山の中では意外と少ない。

13時を過ぎた頃、揃って下山。先輩もほとんど寝ずに来ているようで、私と同じく疲労の色が濃い。途中、「あの木で採った」「この樹洞にあれがいるのでは?」「この花で逃げられた」など、お互いの情報を交換しながら歩いていく。

順調に下山し、無事に舗装道路まで戻って来た。バス停に着くとちょうどバスが来ていたので、急いで乗り込んだ。

帰りの電車では、「なぜ蚊はいまだに血を吸うのか?」という話など、いろいろ興味深い話を先輩から聞くことができた。事前の連絡もなしに同じ日に同じ場所へ行って出会い、年の差を意識せずに奥多摩を楽しむ。これから先も、またこうした偶然(必然)の出会いがあるのを楽しみにしています。


帰宅後、例の大型ハナアブを調べて見た。


チャイロモモブトナガハナアブ Milesiini gen. sp.

2005年に始めて報告された、全国的に見てもかなりの珍種である(新属新種、学名はまだつけられていない)。奥多摩では伊東(2011)による報告しかない(未発表記録はあるという)。

これが、今日一番の虫となった。

参考:画像が載っている文献(実検できたもののみ)

福島秀毅, 森康貴. 2013. チャイロモモブトナガハナアブ♀の記録. はなあぶ 36: 9.

桂孝次郎. 2013. チャイロモモブトナガハナアブGen. sp. (Milesiini)の♀を奈良県和佐又山で採集. はなあぶ36: 17.

伊東憲正. 2011. 関東地方では記録が少ない双翅目について. はなあぶ31: 59-61.

竹内正人. 2009. 双翅目談話会研究資料(3) 写真集ハナアブ300. 双翅目談話会.

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