奥多摩:梅雨の終盤

2015.Jul.11

7月も中旬に入り、そろそろ梅雨も終わり。奥多摩にも夏がやってきて、原生林では夏の虫が一気に湧く頃。3個同時に北上する台風によって梅雨前線が北へと押しやられ、それまでの梅雨空とは打って変わって、10日はいきなりの真夏の暑さ。これなら、夜の蛾像収集ではたくさんの蛾が飛んでくるだろうし、翌日の花掬いではそろそろ満開となるクリが期待できる。そんな計画を頭に描いて、寝袋を持って電車に乗り込んだ。


前回の反省で睡眠時間を確保するため、1本早い電車で到着。10日23時、奥多摩駅の様子。

さっそく蛾像収集のためいつもの場所へ。到着してみると、照明の光が今までと違うような気がする。途中の外灯には虫が群がっていたが、それに比べて蛾の数が圧倒的に少ない。いずれこうなると覚悟はしていたが、LED系照明に交換されてしまったのだろうか。とりあえず、荷物を置いて蛾の顔ぶれをざっと確認してみる。


ミスジビロードスズメ


エゾシモフリスズメ


ハネナガブドウスズメ

普段はスズメガは少ないのだが、一度に3種も見られた。他の蛾は、この時期としては個体数・種数ともかなり少ない。やはり、照明が変わってしまったのだろうか。1回の蛾像収集だけではなんとも判断できないので、あと何回か様子を見てみよう。

帰り道、蛾が集まっていた外灯を少し調べて見る。


ホソバキホリマルハキバガ

一見すると蛾というより菌類が生えた枯枝の切れ端のように見える。マルハキバガの仲間としては異例の大きさ。これが今夜の新顔となった。

翌朝5時過ぎ、もう一度訪れてみる。いつもこの時間に散歩で通るおばさんに挨拶をしてから、壁面をざっと見る。


ミツノゴミムシダマシ♀


キボシカミキリ

すでに日が高いこともあり、蛾の数はとても少ない。この時期に居残り蛾の撮影をするには4時起床でないと難しいかも。

空はよく晴れていて、今日も暑くなりそう。始発バスに乗り込み、いつもの場所へ。


集落からの眺め

緑はいっそう色濃くなっており、特に山の上の方が顕著。


谷の様子

湿度が高く、少しもやがかかっている。

谷筋ではクマノミズキが満開。日当たりがあまり良くない位置で時間帯も早いが、一応覗き込んでみる。

日本最大の蚊、トワダオオカが吸蜜していた。採集してみたところオスであった。

今回は上の方に行くまで採集しないと決め、登山道を登っていく。

約30分で尾根に出る。羽毛トラップは帰りに見ることにして、水分補給をして先へ進む。

枝葉が前回よりもかなり茂っており、木漏れ日はさらに少なくなっている。まだ時間帯が早いからか、エゾハルゼミの鳴き声はほとんど聞こえない。

このあたりからミズナラの倒木を見ながら進んでいく。午前中に活動ピークのひとつがあるというカミキリムシが目当て。

しばらく進むと、樹冠の一部がぽっかり空いて日が差し込むスポットに出た。

この環境だとアレがいるかもしれない。そう思って見上げると、やはりいた。

森の宝石、ゼフィルス(ミドリシジミ類)。こうして縄張りを作り、他のオスが来ると追い払う。しばらく見ていると他個体が飛んできて、縄張り争いで金緑色の閃光を放っていた。すでにボロボロのようだが、種を確かめるために長竿を振り抜く。

オオミドリシジミのようだ。

ゼフィルスの輝きは斜め前方から見るともっとも美しい。標本を室内で見るよりも、ずっと輝いている。

少し先に進むと似たような環境があり、立ち止まってみる。

やはりゼフィルスが陣取っていた。

これもオオミドリシジミ。すでに飛び古しているとはいえ、実物はかなり美しい。今のカメラではこのくらいの画像が限界だが、それでも構わない。写真展や図鑑やWeb上にある無数の美しい写真を見るよりも、本来の生息環境に身を置いて、その虫が生きている環境を五感で感じながら、生きている時の一瞬の輝きを、自分の眼で見られればそれで満足。

しばらく進むと、樹洞や立ち枯れが多いエリアに到着。花掬いにはまだ少し早いので、ここから樹洞や立ち枯れを見ていく。

例えば、こんなミズナラの樹洞。オオチャイロハナムグリの香りが漂っていたこともあるが、なぜか今まで何も採れたことがない。

近寄ってみると、たくさんの羽アリが待機していた。

ムネアカオオアリの巣になっていて、これから羽アリが飛び立とうとしているところだった。

続いて、樹種不詳のこの樹洞。

露出する材部はまだ硬く、乾燥が厳しい様子。それでも、表面に小さな毛深い虫がいた。


チビケカツオブシムシ

体長2mm弱の小さなカツオブシムシ。甲虫には珍しい、その毛深さが魅力。

そうこうしているうちに、花掬いのポイントに到着。このあたりでほぼ唯一、長竿で掬えるクリがある場所。

9時40分、花は7分咲きで、すでに虫が周囲を飛んでいる。飛び方からみて、ほとんどジョウカイボンのようだが...。

さっそく、長竿を伸ばす。ところが、掬っている途中で日差しが急に弱まる。雲が出て来て太陽を覆ってしまったのだ。とりあえず、掬える範囲をすべて掬って網の中を覗く。


マツシタトラカミキリ

入っていたカミキリムシはこの1匹のみ。ハナムグリ類もゼロ、アオジョウカイが少々という顔ぶれ。なんということか。

クリの花には日が当たらなくなってしまい、虫の飛来も極端に減る。雲行きを見る限り、しばらく状況は好転しない。

仕方がないので、周囲の倒木や立ち枯れなどを見に出かける。しかし、頭は花掬いのことで占められているからか、虫の姿が目に入って来ない。

しばらくして戻ってきても、状況は変わっていない。それでも、大きめの甲虫が飛んできたのがわかったのでピンポイントで掬う。


アオアシナガハナムグリ

晴れている時はたくさん飛んでくるのだが、今日は1匹だけ。山地では普通種だが、意外と上品で美しい。

日が当たらなくても、アオジョウカイは時々飛んでくる。飛び方でカミキリムシではないとわかるので、無駄に長竿で掬ったりはしない。しかし、1匹だけ、明らかにカミキリムシの飛び方をしている虫がいたので長竿を伸ばす。


フタコブルリハナカミキリ

このあたりでよく見る黒っぽいタイプ。今年は発生がやや早いかもしれない。

待つこと約1時間、やっと日差しが復活。すぐには虫が飛んでこないので、少し時間をおいてから掬うことにする。どんな虫が飛んでくるか期待しながら待ってみるが、予想に反して虫数は少ない。

ある程度待ったところで、ひととおり掬ってみる。


オオヒメハナカミキリ♂

曇天の時によく入るピドニアが少々入ったくらい。さらに虫の飛来を待ってみるが、無情にもまた太陽は隠れてしまう。

このままクリの花で粘っていても状況は変わらないとみて、この先の立ち枯れエリアへ移動することにする。

そして、このあたりで若手虫屋3人組が後からやってくる。大学生くらいだろうか。花掬いというよりも、立ち枯れ、倒木、樹洞を中心に見ているようだった。いつも静かな環境で採集しているからかもしれないが、「採れた」「採れない」などという会話が、やたらと騒々しく感じる。登山道沿いの歩きやすいところは彼らに譲って、斜面の方から歩いていく。

しばらく進むと、立ち枯れが混じるようになってきた。枯れているのはほとんどがダケカンバ。

良さそうな状態の立ち枯れを見つけて、近寄ってみる。


キヌツヤハナカミキリ

生きている時のこの色は、茶色の標本からは想像もできない。

上の方を見ると、ネキ(Necydalis)も歩いている。


オオホソコバネカミキリ

奥多摩でネキを見るのは、実はかなり久しぶり。あまり大きい個体ではないが、この姿は特異でかっこいい。

このあたりで立ち枯れを中心に見ていくが、やがて3人組も追いついてきた。いつもは静かな森の中に、「いたぞ」「そっち行く」と大声が響き、落ち着かない。さらに、また別の虫屋さんも来たようである。「やっぱ同業者がいるもんだなあ」などという声が響く。休日とはいえ、以前は考えられなかったことだ。普段なら情報交換のために話しかけるところだが、今日はそういう気になれない。

立ち枯れを求めて移動中、ふと足元に気配を感じる。


ヌバタマハナカミキリ

花掬いではあまり得られず、こうして下草に静止しているのを発見することが多い。すぐ近くにもう1匹いたので、この場所は集まる何かがあるのかもしれない。

虫屋集団を避けて先へ進むと、大きなブナが倒れていた。樹皮はまだしっかり残っており、倒れてせいぜい1年以内か。


シロトラカミキリ

太い幹に1匹だけ静止していた。まだ12時ということで、産卵活動にはまだ早いからか。

ブナのすぐそばには、巻き添えで倒れたダケカンバ。

近寄ってみると、幹には新鮮な脱出孔が空いている。ダケカンバといえば、奥多摩でまだ未採集のあのトラカミキリの姿が真っ先に思い浮かぶ。少なくとも昨年の時点で枯れていて産卵が行われ、今まさに羽化脱出が始まっているのだろう。

羽化脱出してもすぐに分散するわけではなく、しばらくは周囲に留まっているはず。そう思って、近くをちょっと探す。

すると、予想通り幹に静止している虫影を発見。逃げる気配はまったくないので、撮るべきか、採るべきか、しばし迷う。

そして、最初の1匹なので採ることにした。網を横に置き、右手で払い落とす。


ツマキトラカミキリ

なんとなくヨーロッパの雰囲気が漂うこの斑紋、ようやく出会えてうれしい。奥多摩では古い記録が1例あり、その後2013年に再び記録された。他の地域では普通種かもしれないが、ここではなかなか見られない。

1匹いたのだから他にもいるかもしれない。今度は生態写真を撮るべく、まだ見ていない枝を慎重に探す。


キクイムシ科Scolytoplatypus sp.

ダイミョウキクイムシかショウグンキクイムシのどちらか。特異な触角、毛深い頭部、その大きさで迷わず採集。(帰宅後の同定結果:ショウグンキクイムシScolytoplatypus shogun


エゾサビカミキリ

山地の広葉樹枯木の常連。かなり白っぽい個体だ。

そして、狙い通り2匹目を発見。撮影するため、慎重に近づく。あちらも気配に気づいたようで逃げるが、幸いにも飛び去る勢いではない。

追いかけているうちに表側まで行ってしまったので、これ以上の深追いはやめて確保。奥多摩自己初採集のカミキリに出会えて、これだけで来た甲斐があった。

時刻は12時半、そろそろ下山しながら立ち枯れや倒木を見ることにしよう。

最初に見た立ち枯れでは見慣れぬ大きいハナノミがいたのですぐに手を伸ばす。


ネジロモンハナノミ

ブナ帯でよく見られる種らしい。

続いて、この立ち枯れ。


オオホソコバネカミキリ

小さい個体なので、このままにして次へ。

続いて、ミズナラの立ち枯れ。枯れているのは左半分だけで、右半分は元気に葉を茂らせている。


ムネアカホソツツシンクイ

裂け目に産卵しているところだった。他にもフワフワと飛翔している個体がいたりしたので、目が慣れると意外とあちこちにいることがわかった。

そして、もっとも良かったのがこの立ち枯れ。

まず目についたのはオオホソコバネカミキリ。もう採らずに観察だけ。

そのすぐそばにカンボウトラカミキリが歩いてきた。

これまでクリやノリウツギの花掬いで出会うだけだったので、立ち枯れで見るのは初めて。

しばらく見ていると、次々と上から歩いていくる。新たに飛来する個体まで見られた。いい光景を見られて満足。

その後は特にめぼしい出会いもなく、ダラダラと下山。羽毛トラップを覗いてみたが、またも不発だった。尾根から下る道では2人組の虫屋さんを追い抜いていった。

舗装道路に降りて来ると、週末ということで鍾乳洞見学者がたくさん。

バスも臨時便が出るくらい盛況だった。思い描いていたよりも虫は採れなかったが、初めて見る光景もいろいろあったことだし、ツマキトラカミキリにようやく出会えたので今回は満足だ。

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