奥多摩:霧中の石尾根

2016.Aug.14

1年前の8月、奥多摩で初めてキジマトラカミキリに出会った。同時に、尾根筋にそびえ立つコメツガから感じた夏の大物の気配。これまでも雪の重みで折れた枝にその痕跡を何度も見てきた。有名産地では毎年のように採集者が通って誰かが採っているのに、このあたりでは過去数例の記録のみで、今はほとんど誰も探していない。

今年こそは成虫の姿を見ることができるだろうか。前回の失敗を生かして、体調管理を万全にして臨むことにした。


前回より1本早い電車に乗り、22時に奥多摩駅に到着。今日はお祭りで、小雨が降る駅前には屋台が並ぶ。いつもの蛾像収集ポイントには秋の顔ぶれが少し増えていた。写真撮影はせず、体力温存して翌朝を待つ。

朝5時、起床。雨は降っていないが空は雲に覆われている。決して良い天候とは言えないが、天気図をみる限り晴れる兆候はある。今年最後の探索なので、賭けてみよう。始発バスに乗り、登山口へ向かう。

6時40分、登山口に到着。

水位がかなり低下した奥多摩湖を見ながら登山開始。

霧の中を黙々と歩いていく。休日ということで先行する人、下山してくる人、ともに多い。

8時、堂所に到着。軽く水分補給をして出発。

傾斜がきつくなるとともに、樹冠が明るくなっていく。

8時30分、分岐を通過。雲を超えてからは視界が良くなった。

七ツ石小屋から眺める下界は雲に覆われて何も見えない。

水場まで来ればあと一息。

9時ちょうど、七ツ石山の山頂に到着。英語併記の新しい道標ができていた。さきほども中国人登山者3名とすれ違っており、国際化の波は富士山だけではないことを実感する。

今日の目的地周辺を見ると、ちょうど雲がかかっている。到着するまでに晴れてくれれば良いので、一喜一憂することなく歩き出す。

開花状況を観察し、今の季節を再確認。リョウブは散りかけで、わずかに花が残る程度。1回だけ掬ってみたが、カミキリはヨツスジハナ1匹のみ。

草原はマルバダケブキで黄色く染まる。無数のマルハナバチ、ハナアブがせわしなく飛び交う。

しばらく歩いて、今日の目的地に到着。

昨年見つけた、キジマトラカミキリが住む木。まだ時間帯が早いこともあり、さすがにその姿はない。

気温は22℃。大物が登場するには絶望的な状況。昼までにどれだけ暑くなるだろうか。昼過ぎまで時間はあるので、周囲を探索することにしよう。

すぐ近くにあった、コメツガの立ち枯れ。根元付近には浮いた樹皮が残っている。

樹皮をそっと持ち上げてみると、すでに誰かが剥がした後のようだった。こうして元通りにしておくと再び虫が隠れることを知っていて、元に戻しておいたのだろうか。立ち枯れの鮮度からみても、あのカミキリがいる可能性は高い。

やはり、予想通り。


オオクロカミキリ♀

手に取ってみると体がかなり軽い。卵をほとんど産み終えてしまったのだろうか。

次のこの樹皮をめくる人が現われるかどうかはわからないが、同じように元に戻しておく。

続いて、林内へ少しだけ入る。霧が出てきているが、視界はさほど悪くはない。

林床のササを見ていくと、見慣れぬカミキリモドキの姿。見たことない種なので迷わず確保する。

しばらく歩くと、斜面に倒れたシラビソを発見。一部の葉がまだ緑色であることからもわかるように、かなり新鮮。秋になればシロオビドイが落ちてくるだろうが、まださすがに早いか。

さっそくビーティング開始。軽く叩くだけで針葉樹特有の香りが漂い、少ないながらも虫が落ちてくる。


クワサビカミキリ


セマルホソヒラタムシ


アオキノカワゴミムシ


ウスモントゲトゲゾウムシ

叩く前には必ず目視しているので、叩いても落ちないものも見つかる。


ゴマダラモモブトカミキリ♀

ミヤマモモブトを期待したが、いつものゴマダラモモブトだった。しっかりと枝にしがみついたまま息絶えていたので慎重に剥がした。

ここで一度、コメツガ大木まで戻る。何かいないか幹を見上げていると、大きな黒い虫がいた。

形からするとクワガタのようだ。


アカアシクワガタ♂

ヒメオオを期待したが、アカアシだった。結構大きい。

天候はなかなか回復せず、今いる場所より低いところは雲に包まれている。そろそろ昼になったので、昼食を食べながら時折飛んでくる虫を待つ。


ホオナガスズメバチの一種♂

時々飛んできて、低木の周囲を巡回する。

頬が長いのでホオナガスズメバチということはすぐわかったが、ニッポンホオナガ、シロオビホオナガのどちらかはよくわからず。この他、ホンシュウキオビホオナガの♂も見たがとり逃がした...。


マルガタハナカミキリ

登山道沿いに斜面をフラフラと飛んできて林縁にとまったところをネットイン。このカミキリの姿を見ると夏の終わりを感じる。


アキアカネ

そこそこの個体数がいるが、以前と比べると数が減ったような気もする。天候のせいだといいのだが...。

そして、13時半。ついに太陽が幹に当たる時間帯がやってきた。

気温は2℃上昇。晩夏の大物は厳しいが、せめてキジマトラくらいは姿を見せてほしい。

そう思って、適当に時間間隔をあけて何度も幹を見渡す。下は根元から、上は視力の限界まで。何もいなければ、周囲の木をスウィーピングしたり、ビーティングしたりして時間をつぶす。そして、また幹を見上げる。その繰り返し。

30分ほど経った頃だろうか。黄色と黒の縞模様をした虫が、高さ5mほどの場所に止まっているのを発見。

デジカメの4倍ズームではこれが限界。

拡大しても、何者かほとんどわからない。形はよく見えないが、かなり大物であることは間違いない。

写真は諦めて、とりあえず採集しよう。長竿を伸ばし、間合いを詰めていく。すると、いきなり飛び立った。

そして、しばらくホバリングして、また元の位置に着陸した。

この瞬間、カミキリムシという選択肢は消えた。動きから判断すると、これはハナアブ。でも、この大きさであんな色彩のハナアブは今まで採ったことがない。もしかして、奥多摩でも再発見された、幻のナガハナアブか。それとも、北日本中心に分布する、あのナガハナアブか。どちらにしても、今まで採ったことがない種であることは確かなようだ。

とにかく、絶対に逃がしてはならない。慎重に間合いを詰めて、長竿を振りぬく。1回目は空振りで、ハナアブは飛び立つ。万事休すかと思ったが、近くにある低木の葉に止まった。

葉に止まったら、こちらのもの。死角になる葉の裏側から間合いを詰めて、下から上へ振り抜く。だが、間一髪で網に入らず。もうダメか...。

普通なら、ここで驚いて森の彼方へ飛び去ってしまうものだ。しかし、この個体は再び葉の上に止まった。この個体はおそらくオスで、ここを縄張りとして死守する覚悟なのだろう。

その後、さらに2回も空振りを繰り返す。ハナアブは逃げないが、警戒心が強くなっているように感じる。着陸するまでの「ためらい行動」がだんだん長くなっているのだ。これ以上の失敗は許されない。葉の裏側から網を近づけ、ひときわ強く振り抜いた。すると、網の中にハナアブが入っていく様子がスローモーションのように見えた。


マツムラナガハナアブ♂

スズメバチにそっくりな姿をしたナガハナアブの仲間。関西で採集したスズキナガハナアブに似ているが、胸部の斑紋が明らかに違うので区別は容易。この斑紋、この大きさ、実にかっこいい。おそらく東京都での記録はほとんどないだろう。これだけで、今日ここに来た甲斐があった。

(帰宅後に調べてみると、東京都の記録は青梅市での1例のみ)

その後、15時まで粘ってみるが、太陽は途中から雲に隠れてしまう。キジマトラカミキリはついに姿を見せることはなかった。

夏の大物はまた来年にお預け。雲に飲み込まれつつある尾根道を通って帰途につく。

それでも、バスの時間にはまだ余裕がある。ちょっとだけ寄り道して、石起こし。


ミヤマハンミョウ

雲の中は気温が低く、動きは鈍い。


スナゴミムシダマシ

名前に似合わず、砂地にはあまりいないゴミムシダマシ。


ハケゲアリノスハネカクシ

そこそこ大きくて、かっこいい形をしていたので思わず手が出た。タカネアリノスハネカクシという近似種もいるようだが、それではなかった。

追加を狙って少しだけ粘るが、特に成果は無し。あまり寄り道しても時間がなくなるので、帰途につく。

標高を下げるにつれて、視界がどんどん悪くなる。野生動物との遭遇がもっとも危険なので、林内を通る巻き道は避けて進む。

16時20分、七ツ石山頂上に到着。登ってくる登山者とはすれ違うが、下山する人とは出会わない。出発が遅かったようで、このままでは倒れた時に発見が遅れてしまう。なるべく早く下山しなければ。

16時55分、堂所に到着。ここまで来ると雲を抜け、視界は良好。ここからは傾斜が緩やかになるので、さらに加速。

下りは少し走った方が足腰への負担が少ないので一気に進む。

17時40分、舗装道路に出る。

18時ちょうど、鴨沢バス停に到着。最終バスに乗って帰途についた。


本日の歩行距離

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