奥多摩:梅雨明け目前の倒木巡り

2017.July.16

7月に入ったものの梅雨とは思えない暑い日が続く今日この頃。奥多摩では夕立によって適度な湿り気が保たれているようなので、虫の発生状況はきっと良好に違いない。

そろそろ夏の虫も出てくる頃なので、林道ではなく原生林へ。近年の探索を振り返っていくつかの課題が見えてきたので、それをもとに当日の行動計画を練り、仕事を少し早めに切り上げて、奥多摩行きの電車に乗り込んだ。


21時半、奥多摩駅に到着。採集当日の体力、特に午後の集中力が課題なので、睡眠時間を確保して体力回復するためにいつもより早く来た。

季節推移を把握するためにも、蛾像収集はいつも通り行う。


ヒゲナガカミキリ♀

夏の大型カミキリムシが出現していることを確認。


クシヒゲムラサキハマキ

今夜の新顔で一番のおすすめ。照明を動かすたびに満点の星空のように輝く。光にはかなり敏感で撮影には苦労した。

翌朝、始発バスで出発。

終点で下車して、集落の中を歩く。

だんだん雲が薄くなり、晴れてきた。


谷の様子

夏の景色が広がっている。

いつもの登山口から登り始める。

尾根に出たところで一休み。夏の日差しが木々の間から降り注ぎ、気温はみるみる上がっていく。

ここで、今日の採集計画を確認。

近年の探索の反省は「午前中の花掬いに偏り過ぎていたこと」。ノリウツギをはじめとして花が絶えないエリアを発見したことで、原生林内での午前中の花掬いは院生時代からとても楽しいものだった。

しかし、学生・院生時代と比べると体力の低下は否定できない事実で、花掬いエリアまでの所要時間は年々長くなる一方だった。そして、午前中に花掬いを堪能した後、午後に材を見ることがおろそかになっていた。採集記録を確認すると花に集まるカミキリムシはほとんど出会っている。一方で、花に来ない種には未見の種が多く残されている。

「未見の種に出会うためには、倒木や立ち枯れに重点を移すべき」

それが今日の課題。

長竿を準備し、午前中はミズナラの倒木を探す。狙いは2012年に発見された東京都5種目のネキダリス。最初の個体が採集されたとみられる倒木はすでに朽ちて存在しないので、条件に合いそうな立ち枯れ、倒木を探して林内を歩き回るしかない。

何ヶ所か把握しているミズナラの倒木を順番に見ていく。これは倒れて2年ほど経過しており、そろそろ良さそうな感じだが、肝心のネキダリスの姿は見当たらない。


アカツツホソミツギリゾウムシ

代わりにミツギリゾウムシが見つかった。全国的には珍種だが、このエリアでは普通種。毎年安定して発生している。ナツツバキ以外で見るのは今回が初めて。

鮮度の高い立ち枯れを探すには樹冠を見ると良い。

樹皮がしっかり残った立ち枯れも時々見かけるが、林内だけを見ていると生木と区別がつかず見過ごすことが多い。でも、こういう木には狙いのネキダリスは来ない。

林内を移動していると、ハリギリ大木が見つかる。ナカネアメイロカミキリの羽化脱出孔はいくつかあったが、虫の姿はなし。発生木は1本把握しているので、今日は深追いしない。

この後いくつかの倒木を見回ったが虫の姿そのものが乏しく、カミキリムシはまだ1匹も見ていない。狙いの虫は「白骨化」した広葉樹の立ち枯れ、倒木が良いと聞く。それに近い、もっと良い状態の倒木はないものか。

どれくらい歩き回っただろうか、条件に合致しそうな立ち枯れを発見。根元で折れたことが幸いして、主幹部とは朽ち方が異なっている。

近づいて腐朽状態をよく確認する。なかなか良さそうな朽ち具合。

新しめの羽化脱出孔もあると思った瞬間、日陰部分に静止するネキダリスの姿を発見。すぐに触角を確認し、狙いの種であることを識別。急いでデジカメを用意するが、ここで思わぬ邪魔が入った。立ち枯れを徘徊していた1匹のアリがネキダリスと接触し、その細長い脚にいきなり攻撃を加え始めた。たまらず落下したネキダリス。デジカメをひっこめ、すぐに手を伸ばした。


ヒゲジロホソコバネカミキリ

学名Necydalis odai、通称オダイ

ようやく出会うことができた、奥多摩自己4種目のネキ。すでに左後脚が欠けているが、最初の1個体なので採集できただけでうれしい。触角がまだ伸びきっていないように見えたので、チャック付きビニール袋に収納。

追加個体がいないか立ち枯れをもう一度見ていると、目の前をフワフワと飛んで逃げていく虫の姿。速度が遅いので体の輪郭や触角の色まではっきり見える。もう最初の個体は確保しているので、落ち着いて網を振る。


ヒゲジロホソコバネカミキリ

今度は脚も完全に揃っている。これも触角の伸びが不十分に見えたのでチャック付きビニール袋へ。

立ち枯れを一通り見たものの、追加個体はなし。生態写真を撮りたかったが、この調子でいけばまた遭遇できるだろう。そう思って先へ進もうとした時、ふと網を見ると中に細長い虫が入っていた。取り出してみると、またもヒゲジロホソコバネカミキリ。すべて♂だが、一度に3個体も得られて幸先が良い。

オダイに出会えたことで、午前中の目標は達成。もうこれ以上、標高を上げる必要はないだろう。夕方に活動するカミキリムシが集まる場所を下見しておくため、この先に点在する立ち枯れ、倒木を順番に見ていくことにする。


ブナ立ち枯れ その1

この朽ち具合ならソリダ(オオホソコバネカミキリ)が期待できる。


キヌツヤハナカミキリ

ネキの代わりにブナ立ち枯れの常連がいた。毎年のように見ているが、シーズン最初に見る個体はとても美しく感じる。


ブナ立ち枯れ その2

まだ朽ち方は甘く、樹皮もしっかり残っている。ネキは来そうにない状態で、まだ時間帯が早いからか他のカミキリの姿もなし。


ルリボシカミキリ

周辺にあった倒木には夏のブナ林を代表するカミキリムシ。ややくすんだ色あいだが、これはこれで味わい深い。


シデ類の倒木

新鮮なら狙いのカミキリムシが来るのだが、ちょっと古いか。


シロオビチビカミキリ

とりあえずこの1種だけ。午後に期待することにしよう。


ブナ立ち枯れ その3

樹皮はしっかり残っているが、内部は良い具合に朽ちていそう。


ヒゲナガゴマフカミキリ

これもブナ立ち枯れの常連。新鮮な個体で、体の側面に黄色いラインが入っていた。


ミズナラ倒木

周りの木々も巻き込んで倒れたようでギャップが形成されている。これは虫が来そうな感じなので、少し粘ってみることにしよう。


クロナガタマムシ

里山ではクヌギ、コナラの伐採木などで見られる大型のナガタマムシ。倒木の鮮度が高いようで、次々と飛んでくる。

他に虫は飛んで来ないか待ち構えていると、左後方で翅音が聞こえた。振り返ると、網の中に虫が入っていた。

これは、もしかして。


ヒゲジロホソコバネカミキリ

今度はメス、黒一色の体がかっこいい。さきほどのオスといい、今日は虫の方から飛んできてくれる日なのかもしれない。

撮影後に慎重に確保した後、再び倒木を眺める。すると、左後方から細長くてオレンジ色の虫が現れ、直線的に飛んで行った。かなり細長いが、飛び方は甲虫、それもカミキリムシのような感じ。色合いや体型から判断すると、もしかして、東京都最難関の5種目のネキか。

そして、その虫は20mほど先にある倒木に止まるところがはっきりと見えた。

止まったのはヤマザクラ倒木の樹皮が剥がれた部分(黄色矢印)。高さは4mほど、長竿は届くが入り組んでいて難しい位置にある。これは、倒木を登って直接つかまえた方が確実。飛び立つ前に、足場を瞬時に計算して一気に間合いを詰める。

発見してから約10秒、無事に手中に収めた。


トラフホソバネカミキリ

通称 トラニウス。最難関のネキではなかったが、奥多摩自己初採集。昆研の先輩・後輩で採っている人は多い中、なかなか出会えずにいた。夕刻に倒木に飛来するイメージとは違った状況ではあるが、とにかく見つけることができて良かった。

結構な高さまで勢いで登ってしまったため、降りるのはひと苦労。さらに何かが飛んできそうな予感がするのでもう少しだけ粘る。

ギャップの端にはホオノキの倒木もある。かなり新鮮なのでフチグロヤツボシカミキリが飛んでくるところだが、山地とはいえさすがに時期が遅すぎるか。それでも生き残りの個体が来ることを期待して時々見て回る。


アオアシナガハナムグリ

産卵場所を探すように倒木の腐朽部でホバリングしていた。


クロホシタマムシ

山地では主にミズナラに集まる。久しぶりの遭遇。

緑色の虫にはいくつか出会えたが、フチグロヤツボシは見つからないまま。雲行きが怪しくなってきたので、これまで見た倒木・立ち枯れの中から良い物件だけを見てゆっくりと下山することにする。

まず、さきほどは深追いしなかったシデ類の倒木。ビーティングネットを広げ、梢部分を叩く。


フタモンアラゲカミキリ

比較的普通に見られるらしいが、実はあまり出会ったことがない。


ゴイシモモブトカミキリ

複数個体が落ちてきた。意外と少ない。

続いて、タンナサワフタギ。根元からは枝葉が出ているが、大部分は枯れている。

予想通り、ネキの姿。光量が足りないのでこれが限界。


トガリバホソコバネカミキリ

訪れる採集者が少なかった頃はたくさんいたのが懐かしい。

初めてここを訪れてから12年、月日の流れを感じながら次の倒木へ。

午前中、オダイを見つけた立ち枯れも一応見てみる。残念ながら虫の姿はなかった。

目星をつけていた倒木に到着。

ヤドリギが生えたまま折れた、このシデ類の新鮮な枝。午前中は何もいなかったが、午後になれば産卵に訪れるカミキリムシがいるはず。


ウスイロトラカミキリ

夏の山地によく見られるトラカミキリのひとつ。個体数は多い。


ニイジマトラカミキリ

こちらは1個体のみ。これはかなり大きい。

目と鼻の先にはヤマザクラの新鮮な倒木があるので、往復しながら虫の飛来を待つ。


ヤツメカミキリ

新鮮なサクラの倒木といえば、このカミキリ。奥多摩で見るのは2回目。

さらに、ハチのような姿をした虫が倒木に沿ってゆっくりと飛ぶ。今日は目がよく見えるので、その正体もはっきりと見える。


コスカシバ

平地では植栽のソメイヨシノにも普通にみられるが、山地ではなかなか見られない。


クロオビヒゲナガゾウムシ

vカミキリムシ顔負けの長い触角を持つヒゲナガゾウムシ。これもかなり久しぶりに見る気がする。

何度か往復した後、ヤマザクラ倒木の周辺でまた細長い虫が飛んだ。体は黒、触角の先だけ白い。


ヒゲジロホソコバネカミキリ

今日は虫の方からよく飛んできてくれる日のようだ。

その後もシデとヤマザクラを何度か往復するが、倒木の上の顔ぶれは変わらず。夕刻まで粘れば何か来るかもしれないが、すでにトラニウスは見つけている。そろそろ帰りのバスの時間が心配なので、先へ進むことにする。

だいぶ降りてきたところで、なんとなく気配を感じるギャップがあったので寄り道。今までなら見向きもしなかった、樹皮が剥がれた古くて細い枯枝だが、今日は何かいるような気がしたのでじっくりと見てみる。

やがて、細長い虫影が2つ同時に視界に入った。両方とも同じ種で、どちらもこの時期にずっと狙っていたもの。最初の1個体は確実に採集。


タキグチモモブトホソカミキリ

クスノキ科の古めの枯枝に集まる、南方系のカミキリムシ。これも昆研の先輩たちはみな採っていた、憧れの虫。後輩もこのエリアで昨年見つけていて先を越されていたが、ようやく見つけることができた。

さて、もう1つの個体で生態写真に挑戦。


タキグチモモブトホソカミキリ

もう少し周囲の環境を写し込みたかったが、これが限界。

さらに、追加個体を狙って周囲を探すと、次々と見つかる。

樹皮の隙間で交尾中の個体もいた。今まで何度も見ていた場所だったのに、ちょっとした視点のずれで気づかずに通り過ぎていたのかもしれない。

舗装道路に戻ると、たくさんの観光客。さすが3連休。

駐車場の空きを待つ車の列が集落の中まで続く。こんな光景、初めて見た。

バス停にも今まで見たことないほどの行列。これは臨時1台が来ても乗り切れないかもしれない。3連休、恐るべし。

仕方ないので、自主的に駅まで歩く。だが、アスファルトの下り道を登山靴で1時間半も歩くのは予想以上の負担で、両足のかかとに500円玉ほどのマメが出来てしまった。

ようやく駅についた頃には痛みで歩くのもままならない状態。温泉に入ろうと思っていたが利用客の多さで入場制限がかかっていた。マダニ予防のため早い段階で温泉に入っておきたいのだが、温泉を待っていると終電に間に合わない恐れがある。明日はまた仕事なので、やむなく断念。濡らしたタオルで体を拭き、新しい服に着替えるだけとなった。

(結局、帰宅後に体中を確認すると臀部にマダニが浅く食らいついていた。相方が毛抜きで除去してくれたので良かったが、温泉に入っていれば・・・。)

下山後は災難続きだったが、長いこと探していた憧れの虫に3種も出会えて良かった。

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