奥多摩:静かな林道

2019.Jun.2

昨年秋に7年ぶりに林道が開通してから迎える、初めてのシーズン。

前回歩いた時はまだまだ冬の終わりで虫もほとんどいなかったが、

6月に入って、そろそろ虫たちが湧いてくる頃。

本当は5月中にも下見に来たかったが、

対馬遠征からの回復に意外と時間を要した。

下草に覆われた路面、モミ・ツガの倒木、林道脇の花々。

昨年の秋に夢見た光景のいくつかはすでに失われているが、

まだそのまま残っているものもある。

果たして、何が待っているのか。期待を胸に出発した。


23時、奥多摩駅に到着。

構内の様子がだいぶ変わっていたが、確認は明日に。

いつものように、いつもの場所へ。

蛾像収集を続けて10年以上になると、

外部形態では種まで同定できないものが残ってくる。

確実に同定できないものは極力載せないようにしてきたが、

画像同定だけではやがて限界が来る。

今夜もその仲間にいくつか出会ったので、

採集して交尾器を確認してみることに。

ユウマダラエダシャクの仲間

斑紋からはユウマダラエダシャクそのものだとは思うが、

一応、解剖してみよう。

同定結果はこちら

マダラウワバの仲間

色合いなどに種ごとの傾向があるようだが、

同一条件で見比べる必要がある上に、変異もある。

交尾器で明瞭に区別できるはずなので、これも解剖。

同定結果はこちら

解剖は難易度が高いように思えるが、

大型〜中型種であれば、そんなに難しくはない。

小型昆虫の展足を綺麗に仕上げる方がはるかに難しい。

蛾の専門家でその種を何千頭も見てきた方なら

解剖せずともある程度は種まで同定できるようだが、

その領域に達しない者は地道に解剖して同定するしかない。

5時半、起床。

始発バスまで時間があるので、まずは駅構内を視察。

券売機が改札寄りに移動し、待合室が新設。

その奥には更衣室やコインロッカーも。

増え続ける登山者向けの設備がずいぶんと充実した。

(今までこういう設備は何もなかった。)

学生時代に野宿していた頃とは隔世の感がある。

続いて、河原へ。

あまり時間がないので、歩ける範囲をざっと見ていく。

アイヌテントウ

河川敷でよく見かけるテントウムシで、

ナナホシテントウよりも星が2つ多い。

アザミ類の葉に止まっていた。

キクスイカミキリ

しおれたヨモギが目についたので周囲を探して発見。

今年は季節が遅れているとはいえ、

6月の奥多摩駅周辺で出会えるとは驚き。

さて、そろそろバスの時間。

始発に乗って、最奥の集落へ。

集落内の八重桜もすっかり葉桜に。

道路脇は新緑に包まれている。

谷の様子

トチノキは花がもう終わっていた。

さて、林道にはどんな光景が待っているのだろうか。

期待を胸に、ゆっくりと歩き始める。

林道脇の斜面には花が咲いている。

ガクアジサイ

ピドニアに人気で、この時期に満開になる。

ここで掬い始めると先へ進まないので、まだ網は出さない。

一方、路面は下草が刈り込まれたために地面がむき出しの部分が多い。

モミの大木、ツガの大木がそのまま残っていたら、

アレもコレも来ていたかもしれないのに。

また別のところで探すしかないのか。

倒木や土砂崩れはきれいに撤去されたが、

落石防止網から伸びる灌木はそのままなのが救いだ。

このあたりから、長竿で掬いながら歩く。

今日は曇天だが気温はさほど低くない。

ピドニア(ヒメハナカミキリ類)にはちょうど良い天候のはず。

1掬いで2桁のピドニアが網の底でうごめいているものだが、

今日はどうもおかしい。

数株掬って網を覗いても、ピドニアは1〜2頭のみ。

ナガバヒメハナカミキリ♂

ニセヨコモンヒメハナカミキリ♂

ニセヨコモンヒメハナカミキリ♀

チャイロヒメハナカミキリ♀

フタオビヒメハナカミキリ♀

キベリクロヒメハナカミキリ♀

ヘリアカアリモドキ

これだけの写真を撮るために、同じ作業を6回繰り返した。

フタオビヒメハナカミキリでさえ、この時点で1頭のみ。

今年は季節が遅れているだけではなく、何かがおかしい。

とりあえず、先に進もう。

やがて、道路整備の手が入っていないエリアに。

路面の下草も落葉も、全然違う。

少し進むと、道路を塞ぐように倒れている木を見つけた。

樹種はシデ類のようだ。

セアカナガクチキ

じっくり見てみると5,6頭が歩き回っていた。

しばらく歩いて、ガクウツギ並木に到着。

この時期の林道で、もっとも花に溢れているエリアだ。

例年だと、一掬いで無数のピドニアが網に入る。

開花状況も申し分ない。さあ、掬ってみよう。

数株掬って、網の中を覗く。

なんと、最初の一掬いはピドニアが1頭もいない。

こんなはずではと花掬いを繰り返すが、

2〜3回に1頭の割合でピドニアが入るだけ。

信じられない。一体、何が起きているのか。

ミヤマクチカクシゾウムシ属の一種

代わりに、このゾウムシは毎回のように網に入る。

ガウクツギと何か関連があるのだろうか。

このまま花掬いを続けていても状況は変わりそうにないので、

目先を変えてみることにしよう。

秋に少しだけ目をつけておいた場所へと進んでいく。

途中、強烈な腐敗臭がしたので周囲を見回し、発生源を突き止める。

落石防止策と崖の間に挟まって身動きが取れないまま

力尽きてしまったニホンジカのようだ。

大部分は肉食動物が持ち去ったようで、

臭いの発生源となる液体で落葉が変色している。

周囲には多数の双翅目が飛び交っており、

その中の見覚えのある黄色い影をめがけて、網を振り抜く。

キイロコウカアブ

汲み取り便所や畜舎に発生するイメージだが、

人為なき場所ではこういうところが発生源になるのかもしれない。

さらに進んで、林内へ。

目星をつけていた、シデ類の倒木。

大木の大枝が折れたものだ。

気配を消して、そっと近寄る。

ヘリアカナガクチキ

実は初めてみるナガクチキ。

アオバナガクチキ

これは良く見るナガクチキ。

今日はナガクチキに当たる日なのかもしれない。

クロカレキゾウムシ

倒木の広範囲に点々とついていた。

倒木を一通り見た後、折れた部分を見上げる。

しばらく見ていると、黒っぽい影が飛来して材部に止まった。

長竿を伸ばして慎重に網の中へ落とす。

ルリハナカミキリ

奥多摩ではあまり縁のないカミキリなのでうれしい。

虫がそこそこ集まりそうな様子なので、しばらくここで粘ることに。

シロトラカミキリ

倒木の上を歩いていた。

トガリバアカネトラカミキリ

同じく、倒木を歩いていた。

露出した材部も時々見ていると、

大きな虫が飛んできて止まった。

これはもしかして、と長竿を伸ばす。

チャイロスズメバチ女王

野外で活動しているのは初めて見た。

崖中で越冬中の個体を掘り出して以来、2頭目。

他のスズメバチに労働寄生するため一足遅れて冬眠から覚める。

13時半、虫の飛来が少なくなったところで来た道を引き返す。

ピドニア不作など誤算ばかりだったが、

チャイロスズメバチ女王が採れたので良しとしよう。

途中、ちょっとだけ気になった伐採木のところで立ち止まる。

直径15cmほどの枝。見慣れない樹皮と、多数の食痕。

一体、何が食べたのだろうか。

ナタで慎重に削っていく。

食痕は途中で樹皮下から材部へ(画像の左から右へ)。

まだあまり腐朽していないからか、固くて削るのが大変。

思い切って先の方へナタを強めに入れると、空間が。

慎重に削って、幼虫を発見。

顔を見ると、トラカミキリのようだ。

今までさんざん見てきた常連のトラになるのだろうが、

とりあえず持ち帰ってみよう。

チャック付き小型ビニール袋に食痕とともに入れ、

その袋をタッパーへ。

材は削るのが大変なので、置いていく。

まあ、なんとか羽化するだろう。

舗装道路まで戻ってきた。

網をしまって歩き始めると、オレンジ色の虫が右後方からフワフワと舞う。

慌てて追いかけ、3回ほど空振りした末に手で叩き落とした。

クロサワヘリグロハナカミキリ

なんと、こんなところを飛んでいるとは。

初めて原生林に踏み込んだ時以来、2頭目の出会い。

奥多摩は本種の生息地としても有名らしいが、

定番の林道ではまだ見たことがない。

バスの時間まで、スイカズラの主を探すことにしよう。

記録はないが、食痕は集落内で昨年見つけたので生息は確実。

群落がある場所への入口に向かっていると、

その手前の法面に満開の株があることに気づいた。

葉を見ると、食痕がある。しかも、かなり新鮮。

もう発生していて、この周辺にいるのは間違いない。

そして、ちょっと角度を変えた瞬間、葉から触角が伸びた。

回り込んでみると、見慣れた姿がそこにあった。

シラハタリンゴカミキリ

奥多摩で4種目のリンゴカミキリ。残るは3種。

さらに、バス停までの間の草地で朝見た虫を発見。

キクスイカミキリ

この標高ならこの時期にいるのが普通。

そう考えると、今朝の奥多摩駅近くは気温が低いからか。

季節推移を確認してみると、集落のクリは出穂済み。

開花は例年より少し遅れる程度だろう。

それにしても、林道のピドニアの発生状況は信じられない。

今日だけなのか、今年だけなのか、来年以降も続くのか。

来シーズンも通ってみる必要がありそうだ。

林道は昨年思い描いた光景とは違っていたが、

代わりにいろいろ出会えたので良しとしよう。


材から割り出した幼虫はタッパーごと机の上に放置。

7月中旬だっただろうか、蛹になっているのを確認。

プラカップに濡れティッシュで人工蛹室を作って、移植。

予想通りトラカミキリの姿をしていたが、特に気にも留めず、

写真も撮っていなかった。

そして、遠征から帰った翌日7月30日のこと。

プラカップの中を覗いて、眼を疑った。

ムネマダラトラカミキリ

前胸の白斑は汚れではないかと疑ったが、やはり斑紋だ。

まさか、こんな形で幻の奥多摩産に出会えるとは。

当地では林道建設の時代以降、採集例を聞かない。

実に半世紀ぶりの再発見。

気になるのが、食っていた樹種。

樹皮の図鑑を手掛かりに調べた結果は、アセビ。

奥多摩ではシオジを食うと報文にあったが、これも食べるようだ。

(「日本産カミキリムシの食樹と生態」(中村慎吾, 2019)には食樹として掲載されている)

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