奥多摩:ある巨樹の最期

2019.Aug.5

「巨樹の里」として知られる奥多摩では約900本の巨樹が確認されている。学生時代に足繁く通っていたエリアにも、1本のミズナラの巨樹がある。初めて見たのは2005年7月30日、周囲の大木が細く見えたほどの存在感。だが、老木ながら比較的健全で虫もあまり採れなかったので注目度は低かった。やがて登山コースが整備されて周囲に柵が出来るほど有名な巨樹になり、幹の一部は材部が露出していたが樹勢はまったく衰えておらず、あと数十年はこのままの姿でこの場所に君臨し続けると思っていた。

ところが、2013年8月2日午後、二股に分かれた大枝の片方が折れてしまう。その衝撃は数百メートル離れた場所にいても轟音として伝わった。そして、同年11月14日に再び現地を訪れて、痛々しい姿を確認する。

「どんな巨樹でもいずれは倒れる日が来る」

倒壊への歯車は急速に回り始めたが、あと10年は持ちこたえると楽観視していた。

それからまもなく6年が経とうとしたある日、掲示板への投稿により、ついに、その日が来てしまったことを知った。このエリアに通い詰めて、大枝が折れた音を聞いたのも何かの縁。その最期の姿をこの眼に焼き付けておこうと思い、なんとか都合をつけて1週間後に現地を訪れることにした。


日付が変わる前に奥多摩駅に到着。日曜日の夜ということもあり、人は少なめ。

いつものように、いつもの場所へ。蛾はこの時期のいつもの顔ぶれで、個体数は並。


マイマイガ

ちょうど産卵中だった。


ヒメクルマコヤガ

これが本日の新顔。シャクガ風の姿だが、ヤガ科。

ある程度撮影が終わったところで、仮眠。寝袋は前々回の探索の際に持ち去られてしまったので装備せず。

翌朝、始発のバスで最奥の集落へ。

集落の中心にある八重桜は大幅に刈り込まれていた。

集落の先の道路は舗装が新しいものに変わっていた。


谷の様子

トチノキは大きな実をたくさんつけていた。

秋のセダカコブヤハズ探索のために、いつもと違う斜面へ。かつての登山道は小規模な土砂崩れの連続で踏み跡は極めて薄い。道筋を正確に覚えていないと、なかなかたどれないほど。

乾燥化が進むこのエリアで、セダカが生き延びているのはこんなところ。秋になったら一度訪れて、生息を確認しておきたい。

この先も、降り積もる落葉と土砂で道がほとんど消えている。ルートを知らないと、簡単に迷ってしまうだろう。記憶を頼りに、かつて歩いた道を忠実にたどっていく。

ようやく、尾根に出る。思ったよりも時間がかかってしまった。倒木や立ち枯れをじっくり見ながら歩きたいところだが、今日は無理して来ているため、午後最初のバスで帰らないといけない。先へ急ぐ。

台風の影響で倒木は未だかつてないほどある。

樹種も状態もそれぞれ異なり、集まる虫もさまざま。でも、今日は残念ながら写真を撮るだけ。それにしても、ちょっと数が多すぎないか。

目的地が近づいてきた。いつもと違って、右前方がやけに明るい。

ここも大木が数本まとめて倒れており、ギャップが形成されていた。シカの影響で幼木がまったく育っていない状況で、倒木の発生頻度がここ数年で急に高まっており、危機感を覚える。

いつも立ち寄るミズナラには樹液が湧いていた。


アオカナブン

毎年見られるわけではないので、出会えると嬉しい。

さて、いよいよ、ミズナラとの対面。まずは、過去の様子を思い出す。


2005年7月30日
最初の出会い


2013年11月14日
大枝が折れたことを確認

そして、今日。

樹冠部から見える青空はさらに広くなっていた。ここまで折れてしまうと、もう復活はしないだろう。こんなに早く、折れてしまうとは正直思ってもいなかった。来年からはきっといろいろな虫が集まるので、今度はゆっくり見に来ることにしよう。

帰りのバスにはまだ時間があるので、周辺をビーティング。


セミスジコブヒゲカミキリ♂

ここではあまり採ったことないので嬉しい。


ニイジマトラカミキリ

花掬いではなかなか採れないので、枯木で探すしかない。

その他、普段あまり見られないゴイシモモブトカミキリなどを得る。もっとじっくり探したいところだが、そこそこで切り上げて下山。

少し下ったところで、ミンミンゼミが鳴いていることに気づく。かつてこの場所はエゾゼミやエゾハルゼミの声しか聞こえなかったはずだが、ここ2,3年は毎年のように声を聴いていることを思い出した。ゆっくりとだが、確実に何かが変わってきている感じがする。


ルリボシカミキリ

下山途中にアサダの立ち枯れで発見。ずいぶん小さな個体だ。大きい個体も久しく見ていない。

斜面を下りきったところで、クマノミズキがあったので掬ってみる。狙いは、あのグンバイムシ。


マツムラグンバイ

3頭ほどだったが、狙い通り網に入った。自己初採集。

道路沿いではカラスザンショウの花が咲いていた。この木も10年ほどで急激に生長して、立派な株になった。条件次第では良い虫が飛んで来そうな気配。

そう思っていると、1頭の蛾が風に逆らって飛んできた。気になったので眼で追ってみると、どうも飛び方がスカシバガ。葉に静止したところで、網を振り抜く。

最初はシラホシヒメスカシバを期待したが、それではなさそう。だいぶ擦り切れているが、モモブトスカシバだと思う。ゴキヅルが生える環境は奥多摩には存在しないが、林道終点の林床ではアマチャヅルが生えていて、採集した虫えいから成虫が羽化したこともある(発表済)。

最後に、この時期必ずチェックしているダンコウバイへ。

葉裏の葉脈沿いの食痕、今年はあった。

よく見ると、反対側に何かいる。ゆっくりと回り込んでみる。


ヒゲナガヒメルリカミキリ♀

人の気配には敏感だが、今日のような風がある日はチャンス。葉が揺れるため、近づいても気づかれない。ようやく生態写真を撮ることができた。

予定通り、午後最初のバスで帰途につく。

長い間見てきた巨樹が倒れてしまったのは寂しいが、自然の定めなので人間がどうこうできるものではない。大枝が折れた段階で、いつかこの日は訪れることは決まっていたのだ。それよりも、例年になく多かった倒木の方が危機感を覚えた。もしかしたら、こちらも歯車が加速しているのだろうか。来年以降も、注意して見守っていこうと思う。

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