奥多摩:夏の終わりの林道

2019.Sep.15

毎年8月下旬になると奥多摩でのオオトラ探索を考える。今年は発生が遅れているという噂だが、実際はどうなのか。有名産地ではなくオオトラ狙いで訪れる人も少ないので、実際にその場所に行ってみないと季節感はなかなかつかめない。約1ヶ月前に訪れた時の感覚では、例年通りのようなのだが。

結局、探索に行けないまま8月が終わってしまった。9月も半ばになったところで、ようやく探索に行く機会を得る。天気は良さそうだが、夏と秋の境目でかなり中途半端。オオトラ狙いは来年に持ち越して、秋の虫も特に考えない。また、あの林道をゆっくり歩くことにしよう。


21時半、奥多摩駅に到着。

今夜も、いつもの場所へ。壁面にはこの時期のお馴染みの蛾が集まっていた。すでに見たことある種ばかりだが、一通り撮影していく。


ナカジロナミシャク


ナカジロナミシャク

同一個体を撮影したものだが、斑紋の写り方はだいぶ違う。主な違いは手持ちのLEDライトの照射方向で、上は頭部方向から、下は腹部方向から。見た目に近いのは上の方。この他、虫とライトの距離、露出補正でも印象がかなり変わる。フラッシュを使用する場合も、直射光か散乱光かで全く異なる。

光を味方につける技術を習得することは大事だけど、技術以前の根本的な問題がある。撮る前に、被写体を集中して観察すること。フィルムやCCDではなく、自分の脳に斑紋を焼き付けること。これをすることで、自力での同定能力は飛躍的に向上していく(もちろん、急成長前にある程度の下積み期間はあるが)。

「とりあえず撮影しておいて種名は後で」は、通用しないことが多い。


シロオビクロナミシャク

今夜の新顔はこれ。昼間に見かけた時は非常に敏感で撮影できずにいた。今回はなんとか射程距離まで近づくことはできた。


ヤママユガ

歩道の縁石に静止していた。すでに秋が始まっているようだ。

翌朝5時に起床。周囲の山々が霧に包まれているのは晴れる前兆。始発バスまで時間があるので、周囲を散策。


アカマキバサシガメ

川にかかる橋で発見。低温のため動きは鈍い。


アオマツムシ

橋の欄干に静止していた。


ヘビトンボ

外灯の支柱に静止していた。

空が一気に晴れてきたところで、始発バスに乗り込む。

澄み切った青空と、満開のキバナコスモス。

日陰の路面はまだ湿っている。


谷の様子

トチノキは実をたくさんつけている。

ここから林道歩きの始まり。

林道の木々はまだ青々としている。下草もだいぶ成長してきた。特に狙いもないので、ゆっくりと歩いていく。

しばらく歩いて、前回削ったアセビの伐採木へ。林道整備での撤去は免れたようだ。前回は幼虫だったが、今は新成虫がいるかもしれない。

ヘッドライトを装備して、集中力を高めて削っていく。樹皮下の長い食痕をたどり、材部への穿孔場所を探す。

右から左へと食い進み、ここから材部に穿孔したようだ。

少しずつ、剥がすようにして削っていく。

やがて、蛹室があるとみられる状況が出現。右側はこれまでたどってきた食痕で、左は羽化脱出用に樹皮近くまで掘った後に埋め戻したもの。左側から慎重に削っていく。

そして、蛹室がぽっかりと空いた。虫の姿も見える。


ムネマダラトラカミキリ蛹

まだ蛹だった。複眼が色づいており、羽化が近い。チャック付きビニール袋に入れ、潰れないように食痕を多めに入れる。

この他に蛹をもう1頭削りだしたところで終了。先へ進む。

整備済の区間を過ぎると下草が増える。

林道脇にはタマアジサイが点々と咲いており、大型のハナアブ類が集まっている。

この時期に採集される全国的な稀種といえば、オオナガハナアブ Spilomyia gigantea Shiraki, 1968

ここ奥多摩でも2例の記録がある。

1♀, 27. IX. 1950, U. Shiga.

1♂, 13. VIII. 2011, T. Sasai.

最初に採ったのはあの志賀昆虫普及社の創業者、志賀夘助氏。それから61年の歳月を経て、衝撃の再発見が2011年8月。奥多摩の夢として掲げている本種が、今日現れるかもしれない。その時に備えて、練習として網を振る。


オオヒゲナガハナアブ♀

奥多摩でよく見るハナアブのひとつ。網を振る腕は落ちていないことを確認したところで、先へ進む。

6月に訪れたガクウツギ並木。路面には下草がかなり繁茂している。これでピドニアがほとんど採れなかったのが信じられない。

さらに歩いたところで、ハチのようなものが飛んできた。動きが少し変なので、狙いを定めて網を振る。


ホソアシナガバチの一種(♂)

ムモンホソアシナガバチかヒメホソアシナガバチのどちらか。♀は頭盾の斑紋の有無で区別は簡単だが、♂は両種とも斑紋がない。ヒメホソの方が体の斑紋のコントラストが強い印象だが、果たして..。

さらに進んで、6月に来た場所へ。シデ類の大枝には今日は何がいるだろうか。


シロオビチビカミキリ

広葉樹の枯木でおなじみのカミキリムシ。


シロカレキゾウムシ

原色日本甲虫図鑑では「少ない」」となっている種。

このすぐそばには立派なモミの大木。近くでオオトラの蛹室つき落枝も見つけているので、条件が良ければ遭遇できるのかもしれない。

そして、斜面を降りてさらに倒木を調べる。


クロカレキゾウムシ

6月にも見かけたカレキゾウムシ。


クロフヒゲナガゾウムシ

お洒落な模様は枯木に生えた菌類を模倣したものか。


フサヤガ、または、コフサヤガ

撮影後に採集を試みたが逃げられた。♂だったので触角で簡単に同定できただけに残念。

昼前になり、強烈な日差しで気温がかなり上がってきた。雲は出ているが、しばらく持ちこたえそう。

ここまで気温が上がると、もしかしたら。オオトラは諦めていたけど、生き残りがいるかも。今日は林道歩きと決めていたが、心が揺れる。

迷った末に、オオトラの尾根へ。林道脇の花に集まる虫をチェックしつつ、速足で下っていく。

もう少しで登山口というところまで戻ってきた時のことだった。山側に咲いていたタマアジサイに虫影を発見。午前中のオオヒゲナガハナアブよりもはるかに大きく、キイロスズメバチくらいの大きさ。前胸は黒っぽい。吸蜜に夢中なのか、飛び立つ気配はない。

すぐさま、網を振りぬく。網の中では大きな羽音とともに虫影が動いている。これが、午前中から漠然と思い描いていた奥多摩の夢なのか。


マツムラナガハナアブ♀

惜しくも幻のオオナガハナアブではなかった。それでも、この迫力と存在感は見事。通算2頭目、♀は初めてなので嬉しい。

このタマアジサイは良い条件の場所に生えているようで、すぐに別のハナアブが飛来する。


キバラナガハナアブ♀

かつて古い倒木から羽化した直後の個体を採集して以来2頭目。こちらはジガバチ類に似せているのだろうか。


サカハチチョウ夏型

ここで待っていれば幻のハナアブも飛来するかも。しばらく粘ってみるが、そう甘くはない。キバラナガハナアブが時々飛来する程度。やがて飛来がおさまった頃に、尾根へ向かって歩き出す。

登山口から斜面を登り、目的地に到着。早速、巡回を始める。

日差しは強いが、気温は思ったより低い。爽やかな秋の風が吹き抜ける。

やがて、雲が広がってくる。もう少し持ちこたえると思っていたのだが。


オオトラカミキリの羽化脱出孔

壁面の状態から今年のものとみられるが、すでに蜘蛛が住処としていた。発生はだいぶ前だったのかもしれない。

完全に曇ったところで下山開始。林道を奥まで歩けば良かったと後悔するが、もう遅い。

途中、とても良い物件を発見。この前の台風15号の際に折れたものだろう。


セダカコブヤハズカミキリ♀

まだこのエリアにも生き残っていることを確認できた。

集落ではあちこちでススキの穂が目立つ。

秋の始まりを感じながら帰途についた。


帰宅後、ムネマダラトラカミキリの蛹2頭をプラカップに移してから就寝。

翌日の16日午前10時、もう羽化していた。すでに歩き回れる状態らしい。

午後1時、まだ色は淡いまま。

午後5時、少し色づいてきた。

午後10時、翅鞘の斑紋がうっすら見えてきた。それにしても、着色はずいぶん時間がかかる。

羽化した翌日の17日午後9時、ほぼ完全に着色。あとは腹の脂肪を消費してスリムになるだけ。


同日17日、もう1頭の蛹も無事に羽化。こちらの方が大きい。

羽化した翌日の18日午後9時、ほぼ完全に着色。

野外でもこの時期に羽化するのだろう。そして長い冬を材中で過ごし、初夏になると姿を現わす。そのうち、材に集まる姿をぜひ見てみたいものだ。

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