小笠原の昼と夜

2008.Mar.1-6

修論執筆も発表会もなんとか乗り切った頃には大学生活も残りあと1ヶ月を切っていました。今しかできないことはたくさんあるのに、各種報告書作成、諸事情会議、研究室撤収、投稿論文執筆、・・・。あとでもできるけど今やらねばならないことが山積みの毎日。でも、学部卒業の時には研究の都合で断念した「卒業旅行」にはなんとしても行っておきたいということで、修論執筆作業(表現推敲や論理構成)を意識の下に沈めた状態で行っている時に、少しずつ情報収集を進めていました。

旅行先の候補地のキーワードは、奥多摩探索の時と同じように、 「今しか行けない場所、行っておかないと後悔する場所」

東南アジアや南西諸島の誘惑もあったのですが、最終的には小笠原諸島に行くことにしました。

最近、月刊むしでも特集記事が出たように、「東洋のガラパゴス」ともてはやされていたその裏で、内在していた問題が着実に進行していて、近年一気に明るみに出てしまった小さな島々。

グリーンアノール、オオヒキガエル、ヤギ、アカギ、ギンネム、・・・・

かつてこの島々を訪れた人々が当時の写真や映像を引き合いに出して、最新の調査結果も交えて、どんなに筆舌を尽くしたとしても、当時、その場所に存在しなかった人々に、この嘆きは理解できないことだろう。過去の栄華を知ることはもはや叶わぬ夢だとしても、実際に現地で今の状況を五感+αで記憶しておくことが今回の大きな目的です。


3月1日 10時 出航

東京都本土部と小笠原諸島を結ぶ唯一の定期的交通手段であるおがさわら丸に乗って、竹芝桟橋を出発。

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都心はあまり訪れないので、こんなビルがたくさんあるとは思いませんでした。

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船内の様子

学割適用となる2等船室は、学生であふれかえっていました。

小笠原までは約25時間の船旅。4年前の夏に行った石垣~与那国の船旅の約6倍の時間を要します。あの時は冬のように寒い船室でずっと寝てたのでなんともなかったのですが、今回は完全に船酔いしてしましました。船室に転がっている金たらいが手放せたのは、出航して6時間を過ぎた頃でした。

3月2日 12時 父島上陸

朝には甲板に出て聟島列島を眺めるまでに体力回復。そして昼には、ようやく父島二見港に到着

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天気は良く、風もほとんどありません。

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海岸沿いをちょっと歩いてみました。ハイビスカスの生垣に、シマグワがしっかり定着。道端にはセンダングサの白い花

「なんか、沖縄本島と大して変わらないなあ」

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高台にのぼってみました。右側の船が、先ほどまで乗っていたおがさわら丸。今度は左のははじま丸に乗り換えて、母島を目指します。

同日 15時半 母島上陸

波も穏やかなので、甲板のベンチでうたた寝しながら2時間船に揺られます。沖港に到着する直前に、2頭のクジラを目撃。頭部しか見えませんでしたが、結構大きかったです。

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天気は曇り、気温は20℃弱(恒温室より寒い)

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宿の周りはこんな感じ。ここにも、ハイビスカス、センダングサ、

「なんか、ここも沖縄本島と大して変わらないなあ」

花には何も来ていませんでした。

「まあ、時間も遅いことだし、明日になれば何かいるだろう。」

同日18時半 夜間徘徊開始

夕食後、奥多摩探索と同様にLEDライトとカメラを持って夜の散歩に出かけます。

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町中の外灯

奥多摩よりも明るいものがたくさんあります。

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オオモンシロナガカメムシ
Metochus abbreviatus (Scott, 1874)

外灯の下を徘徊している姿がよくみられます

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チビコブノメイガ
Cnaphalocrocis poeyalis (Boisduval, 1833)

個体数は多いです。

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キヨトウ類の一種 Mythimna sp.

近似種が多いので写真だけで同定できるかどうか・・・。

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カマドコオロギ
Gryllodes sigillatus (Walker, 1869)

声はすれども姿はなかなか見つかりません。

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マルクビヒメカミキリ
Curtomerus flavus (Fabricius, 1775)

この時期にも活動するんですね。

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フタツメケシカミキリ
Phloeopsis bioculata (Matsushita et Matsushita, 1933)

贅沢なことに、新鮮伐採木だけにいました。

とりあえず、夜は怖いグリーンアノールが眠っているため、町中でもそこそこ昆虫がいるということが確認できました。これまでの調査結果の通りです。

でも、夜の虫といっても安泰ではないようです。

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ホオグロヤモリ
Hemidactylus frenatus Schlegel in Dumeril et Bibron, 1836

光源にはかならずヤモリが待ち伏せています。

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オオヒキガエル
Bufo marinus (Linnaeus, 1758)

あちこちにいて、道路にも轢死体がたくさん。

3月3日 8時半 乳房山登山

今日は天気予報によると曇り時々雨。平地での昆虫探しは難しそうなので、小笠原群島の最高峰である乳房山に登ることに。まず、観光協会に行って登頂キットなるものを購入してから登山口へ。

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採集には許可が必要なエリアのため、撮影のみと心に決めて登山開始

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「遊歩道」というだけあって道はかなり整備されています。

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オガサワラビロウ

植物の分類は素人なので、与那国で見たビロウとの違いがよくわかりません。かつてはこの枯葉にたくさんの甲虫が潜んでいたそうですが、試しに叩いてみても何も落ちてきません。

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シマホルトノキの大木と「板根」の解説板

同じ環境だと似たような形のものも現れるんですね。

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尾根に出ると、見晴らしがとても良くなります。柵の外側は断崖で、落ちたら命はありません。雨が降ったり止んだり、中途半端な天気の中を黙々と歩きます。

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延々と登った末に、ようやく頂上に到着。登頂キットを取り出して、柱の浮き彫りをクレヨンで紙に写し取ります。これを持って観光協会に行くと、登頂証明書がもらえます。

ここで、昼食を食べます。天気が悪いので、遠くはほとんどみえません。

ちなみに、ここまで撮影した昆虫はわずかに1匹

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クモヘリカメムシの一種 Leptocorisa sp.

写真のみのため同定できず・・・・。

いくら天気が悪いとはいえ、気温も高いしもっと虫がいてもいいはず。実際、コナジラミ類(体長1mm弱)が山頂では乱舞していましたが、それより大型の昆虫がまったく見当たらないです。

今の所、その最大の原因とされているのは、あの爬虫類の存在

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グリーンアノール
Anolis carolinensis (Voight, 1832)

シダの上に鎮座しています。

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大きさはこの程度。のどに突起が出るので、オスのようです。

こんなところにも進出していることを再確認したところで下山することにしました。

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途中、梯子が2ヶ所ありますが、あとは「遊歩道」といった感じの下り道です。

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道端の立派な木は、アカギ(外来植物)

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この根は、もしかしてガジュマル?

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開けた場所から山肌を見ると、アカギ、ギンネム、シマグワなど、なんと外来植物の多いこと!

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微小半翅目を除いて一切虫を見ないうちに下山してしまいました。

この後、しばらく道沿いのゼンダングサを眺めながら歩いていると、腕章をはめた二人組みに呼び止められました。

「○○大学の方ですか?ハナアブの研究の?」

母島に着いた際に、関係部署に赴いて、「ハナアブを中心に舗装道路沿いで採集をしたいんですけど」と伝えておいたので、その情報が伝わったのでしょう。

非常に真面目な方で、丁寧にいろんなことを説明してくれるのですが、だんだん話の理屈が合わなくなってきて、最後には遠まわしながら

「プロの研究者以外は虫を採るな」

ハナアブ研究で飯を食ってる人が、日本に何人いると思っているんだ・・・。「採集」には敏感で、「観察」「撮影」には寛容だけど、「工事」「建設」「開発」には無関心

同日18時半 夜間徘徊再び

かなり風が強くなっているのですが、気温は低くないので昨夜に引き続き、夜間の散歩開始

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ヒメシロノメイガ
Palpita inusitata (Butler, 1879)

本州のマエアカスカシノメイガに良く似てます。

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クロモンシタバ
Ophiusa tirhaca (Cramer, 1777)

なかなかカラフルで大型のシタバガでした。

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オオシラホシアシブトクチバ
Achaea serva (Fabricius, 1775)

フクラスズメくらいの大きさでした。

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オガサワラクビキリギリス♀
Euconocephalus pallidus (Redtenbacher, 1891)

こんなところにいたら、朝になって食われてしまうだろうに。

3月4日午前中 道路沿い探索

今日は晴れて気温もかなり上がるので、ハナアブが活動することでしょう。でも、ちょっと風が強いのが気がかり。風が弱い部分を見つけられればなんとかなるはずなので、港から北へ向かう道路沿いを散策します。

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道路標識「オカヤドカリに注意」。きっと殻はアフリカマイマイ(外来種)なんだろうな・・。

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セイヨウミツバチ
Apis mellifera Linnaeus, 1758

センダングサはいたるところに咲いているのですが、遠目にはミツバチしかいません。昼飛ぶ蛾(世間では蝶と呼ぶ)は、まったくいません。

でも、一応、近寄ってみると、

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センダングサケブカミバエ
Paroxyna bidentis (Robineau-Desvoidy, 1830)

微小なDipteraが、実はそこそこいたりします。意外と敏感ですぐに逃げます。

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ハガタオビハマキモドキ
Choreutis fulminea (Meyrick, 1912)

枯葉の破片がチラチラ舞うように飛びます。数個体しか見ませんでした。

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そのかわり、花の陰にはグリーンアノール

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道路沿いの樹木は、ほとんどの葉が健全に生育しています。ハムシが5種しか記録されていないこともありますが、かなり不気味。

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ギンネムはアブラムシの甘露でギラギラ光っているものの、テントウムシ、ヒラタアブ幼虫の姿はまったく見られません。

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でも、路肩を見ればグリーンアノール

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気持ち良さそうに、日向ぼっこ

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オガサワラトカゲとツーショット。この時期からすでに活動しているんですね。

というわけで、一向に目当てのハナアブが見つからず、だんだん宿の方に足が向いてきました。

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でも、この場所を見た瞬間、ピンと来るものがありました。道路脇にしゃがみこみ、森の暗闇を背景にして、風に揺れる小さなギンネムをじっと見つめると、何かが空中の一点に静止するのが見えました。

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人間の目は瞬時にピントが合うけれど、機械はまだそれには及ばない。ハナアブは英語でhoverfly(宙に浮くハエ、ホバリングするハエ)。矢印の先に頭を向けて飛んでいますが、強風にあおられてなかなか着陸できません。

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ツマグロコシボソハナアブ
Allobaccha apicalis (Loew, 1858)

やっとのことで着陸しました。でも、気配を察知されてまた離陸していきました。

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しばらく粘っていると、再び着陸。逆立ちして、甘露をなめているようです。

そう、センダングサを探すよりも、ギンネムを探した方が良かったのです。この後、入れ替わり立ち代わり多くの個体が飛来しました。もっとはやく気づいていれば・・・・。

同日 午後

一度、宿まで戻って、今度は島の南端へ行ってみることに。東京都最西端に続いて、今度は最南端(一般人が行ける場所)へ。

舗装道路を歩き続けること1時間半、都道最南端に到着。

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車でも原付でも、ここまでは誰でも来ることができます。この先は、自分の力で行くしかありません。

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薄暗いけど乾燥した森の中を歩いていきます。なだらかな道で、踏み跡もしっかりしています。

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南崎

30分ほど歩いて、海岸に到着。地図を見るとあの山の方がより南に位置しているらしいので、もう一度森に戻って山を登ります。

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10分ほど歩いて、山の頂上(小富士)に到着。一応、徒歩で行けるもっとも南の地点を撮影

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振り返ると、昨日登った山の頂上がはっきりと見えます。風が強くて飛ばされそうなのですぐ下山しました。

3月5日 午前10時 母島出航

昨日よりさらに風が強く、海も荒れていますが、ははじま丸は予定通り出航しました。船は上下左右によく揺れて、おまけに波が甲板を洗うので、甲板席を立って風下に避難したところで船酔い最高潮。船室には入れない状態に・・・・。

同日 午後13時前 父島出航

ははじま丸から降りて、商店で土産を買って、おがさわら丸に乗船。

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港にはたくさんの人が見送りに来ていました。

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出航後も、船で追いかけてきます。この光景も、最初で最後なのか、次があるのかないのか、そんなことを考えながら船室に戻り、眠りにつきました。

3月6日 18時 竹芝桟橋到着

ははじま丸ほどには揺れなかったため、船酔いはせず。ほとんど横になって体力回復に努めながらも、カップラーメンを食べたりお茶を飲んだりしながら、ただ時間が過ぎるのを待っていました。そして、ようやく東京都本土部に上陸。夢のような1週間を過ごす間に、卒業までの残り19日となっていました。


昼は昆虫がほとんど見当たらないのに、夜になるとどこからともなく昆虫が現れる

事前に集めた情報の通り、不思議な世界でした。

なぜ、こうも昆虫が少なくなったのか。研究者が指摘していることは、確かに有力な原因なのでしょう。

でも、実際に現地を訪れてみて感じたのは、

「それだけじゃなく、もっと根本的なことがあるだろう」

「グリーンアノールがこうも増殖してしまったのは、生息に適した環境があまりにも多いからだ。 そもそも人々が木を切り過ぎて、明るく乾燥した森に変えてしまったのが大きな原因ではないのか」

何年先になるかわかりませんが、もう一度訪れる機会があった時、この感覚が合っているかを確かめてみたいと思います。

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