生息地情報公開とそこから派生する問題について


     掲示板は不特定多数の人が閲覧可能であり、掲示板を利用する際にはいくつか配慮すべきことがあるということはもはや常識となっていると思います。ここの掲示板に限らず、多くの生物系掲示板では具体的な生息地情報を書き込むことを制限しています。それは、具体的な生息地情報を掲示板に書き込むと次の2つの問題が起こる可能性があるからです。昆虫の場合を例にして解説してみました。


1.その生息地での種の個体群の存続が危うくなる

     昆虫は一般に微妙な環境の違いに敏感で、その昆虫により好む環境が異なるため、特定の場所に集中する傾向が見られます。そのため、採集するためにはたくさんいる場所(ポイントといいます)の情報に頼らざるを得ない面があるのは事実です。「○○に××がたくさんいた」という情報が書き込まれたとしましょう。その情報を見た人で○○に行くことができる採集者の多くが、そこに集結することが考えられます。そして、一度にたくさんの××が採集されます。しかし、たくさんいる生息地でも、採りすぎればなんらかの影響が出ることが考えられ、その影響が個体群の減少につながる可能性も十分考えられます。昆虫採集者にもいろいろなタイプがいるのですが、その中には人よりも多くの個体を一度に採集することで満足感を得る人もいるのです。あるいは、わずかな個体変異を得るために多数の個体を採集してその中から特異な個体を探し出して満足する人もいます。昆虫採集に縁がない方は驚くことと思いますが、残念ながらこういう採集者も存在するのです。さらに、採集者によって採集方法も異なり、生息環境に与える悪影響の大きさも採集者によってさまざまなのが現状です。さらに問題なのが、業者の存在です。最近はペットショップでいろいろな昆虫が販売されるようになりました。その中には、ゲンゴロウやタガメ、オオクワガタといった、生息地が減少している昆虫も含まれます。これらは高値で売買されるため、業者は良い生息地を見つけると人手を集めて採集しにきます。商業的な採集はとにかく採集個体数を多くすることが問題で、生息地がどうなるかはあまり気にしないのではないかと思います。


2.その生息地の住民とのトラブルの元になる

     生息地情報を得てたくさんの採集者が集まると、人間同士のトラブルも起きてきます。情報として伝わった昆虫の生息地は、地元の人も利用する場所である場合が多いのです。以前は静かだった場所に、いきなり外部から車や人がたくさん来ることは、地元の人々にとってみれば非常に迷惑なことです。また、ここでも採集者のタイプがさまざまであることが問題になってきます。たいていの人は地元の人にしっかり挨拶をし、私有地に入る場合などは目的を告げて許可を得たり、極力地元に迷惑がかからないように努めていると思います。ですが、中には地元の人に挨拶もせず、無断で私有地に入って荒らしまわったり、狭い道に車を何台も駐車したり、夜遅くに騒いだりと、ずいぶん自分勝手な行動をする採集者も、残念ながら存在します。こういったマナーが悪い採集者の印象が地元の人に強く残るため私有地での採集を禁止したり、村や町の条例で特定の種を採集禁止にして採集者を排除しようという動きに出る場合も少なくありません。


「考え方の違い」は「結論」ではない

     昆虫採集の場合、ただでさえ世間一般の評価が低いのに、一部(であると願いたいです)の採集者の行動により、昆虫採集否定の動きが全国に広まりつつあるのが現状だと思います。また、最近の風潮として、「考え方は人それぞれ」「個人で自己責任の範囲で楽しんでやるのが一番」というのがあるように思います。これは昆虫採集者の間でもよく耳にすることですが、私はその考えはおかしいと思います。そもそも、昆虫採集は多くの採集者にとって趣味であり、「個人の興味・考え方に基づき、自己責任で楽しくやっている」はずのものです。その結果として、今まで説明してきた状況が起こっているのです。考え方は人それぞれなのはわかりますが、だからといって何をやっても許されるわけではありません。昆虫採集のスタイルの違いを「考え方の違い」と「結論」づけて、いろんな問題に目をつぶりがちな現状には腹が立ちます。「考え方の違い」は、あくまで「前提」であって、それによって問題が起きた場合に解決策を模索することが必要です。自己責任でやっているといっても、世間一般の人から見れば一人の採集者の行動が採集者すべての行動です。法律で採集禁止となっている昆虫を採集した人が、いくらその法律の有効性・正当性・根拠に疑問があると主張したところで、事情を知らない世間一般の人にとっては犯罪者がへりくつをこねているようにしか見えないのです。犯罪者の言い分はえてして聞き入れられないものです。世間一般の人は、昆虫採集者は法律違反もするし、自然保護に逆行しているといい、昆虫採集者は弱みがあるため反論しても説得力に欠けます。


今からでもできること

     昆虫採集をめぐる今の状況が良いと思っている人はおそらくほとんどいません。環境破壊や外来生物の導入で生息地はどんどん狭められる一方、あちこちで昆虫採集禁止条例が作られ、活動の場が少なくなっています。世間一般での評価も、以前よりは良くなったと言われていますがまだまだ高いとはいえません。この状況を打開するために採集者の側からできることは、ポイントへの過度の集中を避けるため自分だけのポイントを開拓する努力、採集者どうしでマナーの悪い採集者に対処すること、地元の人々と良好な関係を築くこと、環境破壊を現場から世間に訴えること、などが必要だと思います。

     特に環境破壊については、採集者はよく知っています。昆虫を通して自然の声を聞くことができるからです。自然の声というものは、非常に感覚的であり、科学的な観点で数値化することが難しいため、なかなか評価することはできないものです。昆虫採集者が減少していく中で、この貴重な能力を生かすも殺すも、また次世代に伝える伝えないも、今いるすべての採集者のこれからの姿勢・行動にかかっています。特にポイント開拓能力ならびに生態観察能力は、科学的・保全的観点からも非常に重要です。
     以上が、昆虫採集をはじめてたかだか3年の、世間一般の感覚と昆虫採集者の感覚が半分ずつわかるようになった若者が思うことです。この感覚を忘れずにこれからも昆虫採集を続けて行きたいと思っています。

    2005年1月19日 記

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