蘭嶼之旅


3月23日(火):4日目

朝起きると、Toki氏はすでに起きて採集した虫を整理していた。

「くそ~、持って行かれた~」「あ、待て、返せ~」

話しかけている相手は、室内に侵入したアリ。昨晩私はすぐ寝たが、Toki氏は起きて展足を始めたものの、途中で力尽きてしまったのだという。屋外に通じるドアの下にはアリの小さな行列ができていた。南国での採集ではよくあることらしい・・・。

気を取りなおして身支度を整え、出発する前に「台灣天牛圖鑑」をチェック。ヒゲナガカミキリ族を熱望するToki氏には、どうしても採りたい種類があるという。


ランショタテスジヒゲナガカミキリ(仮称)

台湾ではここ蘭嶼と隣の緑島にしか分布しない、フィリピンから流れ着いた種類。かなりの大型種であるにもかかわらず、これまで全くかすりもしていない。

こうなったら、ホストを攻めるのが定石。だが、桑科はわかるにしても「榕」とは一体何を指すのだろうか?

そんなことを頭に置きつつ、真夏の日差しが照りつける中、10時頃にバイクに乗って出発。

青い海と、白い砂浜・・・。途中で思わずバイクを停めて、写真撮影。断崖絶壁が多いこの島では、泳げそうな場所は数少ない。

途中、食糧調達で立ち寄った店で、同じ宿の宿泊客と遭遇。台湾人なのでもしかしたら「榕」を知っているかもと、Toki氏が話しかける。だが、あいにくその植物はわからないとのこと。代わりに読み方を教えてもらったので、夜に宿の近くのPCで調べてみることに。水と食料を確保し、再びバイクで目的地へと急ぐ。

初日と同じ場所で、採集開始。いつの間にか雲は消え、快晴へと向かいつつある。花掬いにはむしろ悪い条件となるので、時間との勝負だ。

Toki氏が眼をつけたのは、アカメガシワ(野桐 Mallotus japonicus)。集虫力の高さは台湾でも同じで、多数のカミキリムシ・ハナムグリが飛んでくる。道路脇の絶好のポジションに生えていて、Toki氏はここで粘る。

私が眼をつけたのは、チシャノキ(厚殼樹 Ehretia acuminata)。集虫力はアカメガシワに劣るものの、このあたりに10株ほど点在している。それらを巡回して補うことにしよう。

まず掬う前によく観察して、虫が来ていたら長竿を伸ばす。何もいなければ、次の株へ進む。これの繰り返し。網に入る種類は初日と大して変わらない。

日本の3月では想像できないような、真夏の日差しに、汗が噴き出す。虫の飛来が少なくなってきたら、今度はビーティング。きっと虫もこの暑さでは日陰で涼んでいるに違いない。


白斑*椿象
Playnopus melanoleucus
*=厂の中に萬)

初日にも見つけた、カタゾウムシ擬態のカメムシ。腹部がパンパンに膨れていて、動きまでゾウムシっぽい。


蘭嶼超扁條天牛
Bumetopia stolata

すでに「オバケウスアヤ」と勝手に呼んでいる。ホストはススキのようだが、まったく関係ない植物からも落ちてくる。


胸紋銹天牛(四條白星銹天牛)
Apomecyna historio

日本の南西諸島にもいるヨスジシラホシサビカミキリ。カラスウリのような植物を叩いたら落ちてきた。


Euryclytosemia sp.?

図鑑では同定できなかった、小型種。道路脇のゲットウ?の茂みにて。

さらに日差しが強くなり、花への飛来はほとんど終わった。Toki氏もいつしか持ち場を離れ、林の中からビーティングの音がたまに聞こえる。


大林氏大緑天牛
Chloridolum ohbayashii

この状況では、花に来ないで木陰で涼んでいる方が良いらしい。十分撮影した後、この個体は気配を察して飛び去っていった。南国風味の爽やかな柑橘の香りを残して・・・。

暗黙の了解で基本的に単独行動しているのだが、たまに遭遇して互いの状況を報告し合い、また別々に採集。

何度目の状況報告だっただろうか、Toki氏が痛恨の一声を発する。

「タテスジヒゲナガに逃げられた~」

なんと、今までかすりもしなかったあの大型種が叩き網に落ちてきた!だが、採るべきか撮るべきか迷っている隙に飛び去ったという。もしかして、日本のシラフヒゲナガカミキリのように昼行性なのか? だとしたら、ますますホストが気になる・・・。

こうなっては、暑さに負けてはいられない。すでに発生期、近くに必ず別の個体がいるはず。気合いを入れ直して、再び林の中へ。


蘭嶼蝸牛
Satsuma(Pancala) batanica boteltobagoensis

こんな島にも私と同じ左利きが生息しているらしい。結構珍しい種類だということは、この時点ではまだ知る由もない。


野村氏刺翅天牛(與那國十字黒天牛)
Euryclytosemia nomurai

日本にいるヨナグニジュウジクロカミキリ。与那国島で出会って以来、実に7年ぶりの再会となる。


Sybra sp.?

ここでも落ちてきた、例の不明種。わりと個体数多いのに、図鑑には該当種なし。一体、何者なのか?

どのくらい叩いた頃だろうか。タテスジヒゲナガのことなぞ頭から消え去ろうとしていた時、今までにない色彩の物体が網の上に落ちてきた。

その姿は、まるでヒマワリの種のよう。一瞬で事態を把握し、左手に持った叩き棒を捨て、わしづかみ。


蘭嶼縱條長鬚天牛
Epepeotes ambigenus

ついに、タテスジヒゲナガが私の前にも現れた。思ったよりも小さいが、個体差があるのだろう。この島にいるヒゲナガカミキリ族の中でも異彩を放つその姿、実に見事。

逃げられないよう慎重に容器に収納し、Toki氏のいる方角へ向かって声を出す。

「タテスジヒゲナガ採れたぞ~」

その後、二人とも2匹目を必死に探すものの、徒労に終わる。炎天下で粘ること4時間、そろそろ昼食にするため、村に戻ることに。

帰り際、怪しい脱出孔を見つける。樹種は正確にはわからないが、クワ科のイヌビワに近い仲間。「もしかして、これが・・・・」とも思ったが、とりあえずバイクへ。

急峻な斜面につけられた道からの眺めは格別。しっかりと記念撮影して、つづら折りの道を下っていく。

行きつけとなりつつある食堂「牛肉麺」で、昼食。

食事を終えて店を出ると、15時という中途半端な時間。灯火採集まではまだまだあるので、まだ訪れていない場所を巡ることに。

再びバイクに乗って出発したものの、5分と経たないうちに前を走るToki氏が急停車。そして、道端のタケの茂みを覗き込む。


黒銹綾天牛
Abryna coenosa

フィリピンから蘭嶼に流れ着いたカミキリムシのひとつ。新鞘を後食中であった。まさか、これが走行中に見えていたのか・・・・。

ハイエナ採集を試みるものの、私には見つけられず。またこっそり後で来ることにしよう。

しばらく走って、島の気象観測所へ。あいにく雲がかかってきて風も強まり、気温も低下。とても採集という雰囲気ではない。


黒絨厚象鼻蟲
Desmidophorus crassus

日本にもいるハスオビコブゾウムシくらいしか虫を見かけなかった。

雨が降りそうなので、諦めて宿に戻る。

夜、幸いにも天気は回復したので灯火採集へ。

20時、昼間採集した場所で点灯。果たして、タテスジヒゲナガは飛んでくるだろうか。

点灯して虫が飛来するまでには時間がかかるので、それまで道路沿いの木々に何かいないか探してみる。


蘭嶼光澤蝸牛
Helicostyla okadai

闇夜に浮かぶ、純白のカタツムリ。とてもこの世のものとは思えない美しさ。これも珍しい種類で、台湾の保育種(採集禁止)らしい。

始めは目の高さくらいの部分を手持ちのライトで照らしていたが、あまりに昆虫が見られないので徐々に照らす範囲を広げていく。


壁虎的一種
Gekkonidae gen. sp.

ヤモリの一種。昆虫の存在を知らせてくれる、採集の良いライバルである。

さらに探索範囲を広げていくと、驚くべき光景が浮かび上がった。


蘭嶼縱條長鬚天牛
Epepeotes ambigenus

なんと、昼間あれだけ探していたタテスジヒゲナガが、こんな道端の木に!

画像には映っていないが、このすぐ近くにも1個体いる。しかも、どうやら後食中のようでこちらにはまったく気づいていない。

Toki氏を呼びよせてから、冷静に長竿を伸ばす。

昼間に遭遇した個体よりもはるかに立派な体格。ずっしりと重く、逃げようとする脚の力も、かみつく力も強い。

これで、すべてがつながった。

初日に見つけた、妙な食痕。

昼間に見つけた、脱出孔。

「榕」とは、イヌビワやアコウの仲間のことだったのだ!
(帰国後、「榕属 =Ficus」ということを知る)

ということで、二人ともイヌビワに注意を払いつつ、夜の林の中へと消えていく。この島に1種だけ生息する毒蛇の存在は忘れて・・・。


台灣銹絨毛天牛
Acalolepta rusticatrix formosensis

樹種不明の根返り倒木で樹皮をかじっている。


大圓斑硬象鼻蟲
Pachyrhynchus sarcitix

もっとも普通種のカタゾウカミキリも徘徊中。


白斑*椿象
Playnopus melanoleucus
(*=厂の中に萬)

幼虫の時の方が、カタゾウムシにそっくり。その動きも相まって、遠目では本当にカタゾウムシに見えた。

そして、このカメムシ幼虫のすぐ上には・・・・、


條紋硬象鼻蟲
Pachyrhynchus sonani

ようやくお目にかかれた、3種目のカタゾウムシ。水玉模様ではなく縦横に帯があるのが特徴。今夜は実に運が良い。

時々、灯火にも虫が来ていないかと覗きに行くが、期待するほど虫は飛んでこない。


姫扁鍬形蟲
Dorcus parvulus

灯火でおなじみのヒメヒラタクワガタ。大きさといい飛来数といい、日本のコクワガタと同じような感覚。


糞金龜的一種
Onthophagus sp.

糞虫エンマコガネの仲間。島で見かけるヤギの落し物を処理しているのだろうか。

他には数種類の甲虫が飛来したのを見たくらいだが、Toki氏はヒメカブトを拾ったという。幕の前に現れるタイミングで、見つかる虫もだいぶ変わるらしい。幕の前に陣取っていても仕方ないので、林の中を徘徊する時間の方が長くなる。


姫扁鍬形蟲
Dorcus parvulus

灯火に来ないで食事に夢中になっている個体もいるらしい。


雙瘤銹天牛(高條銹天牛)
Pterolophia bigibbera

日本では小笠原諸島でしか見られないスジダカサビカミキリ。こんなところでお目にかかれるとは。

灯火に飛来する虫があまりにも少ないので、思い切って場所を移動することに。

22時半、林の中で再点灯。

虫が飛来するまでは林の中を徘徊してビーティングなどをするが、だんだん疲れが出てきて結局は幕の前に居座る時間が長くなる。


琉璃突眼虎甲(蘭嶼亞種)
Therates alboobliquatus kotoshonis

どこからともなく現れ、いつの間にかかなりの数が来襲。


Sybra sp.?

例の不明種も飛来。昼間は枯葉に潜んでて、夜になると飛び回るのだろう。


緑翅野螟蛾
Parotis athysanota

アオシャクを彷彿とさせるようなノメイガ。日本にもいるオガサワラミドリノメイガと同属。


麻 虫廉
Rhabdoblatta sp.

全国のゴキブリファンが絶叫する飛翔姿を披露してくれた。


蝉寄甲的一種
Sandalus sp.

クチキクシヒゲムシの仲間。こんなところにいる種類は、きっと珍しいに違いない。

日付が変わる頃、バッテリーが尽きる前に今夜の灯火採集は終了。

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